カット2 膝枕

 それにしても、どいつもこいつも俺の功績を無視しすぎてないか?


 もともと俺が身を投げうって理沙のデカいケツの下敷きになったおかげで、理沙はケガをしなくて済んだはずだ。

 別に、誰かに褒められたくて理沙のケツの下に飛び込んだ訳ではない。そんなこと考えてる暇なんてなかった(こんなところを清古が見ていたら、また『暴走機関車』と笑われていたんだろうな)。

 ただ、どこから現れたか知れない、この爽やかクソイケメンに、俺の分も含めたすべての手柄を持っていかれたような感じになっているのはどうも納得いかない。なんだか、理沙も浮かれてやがるし。


 そう考えるとますますイラついてきて、


「理沙。お前も自分からあんな窓際に座っておきながら、スカートがちょっとめくれたぐらいで騒ぐなよ。危うく大事故だったじゃねぇか」


思わず強めの口調で理沙に小言を言った。


 これがいつもの理沙なら、


「うるさい! 余計なお世話よ!」


の言葉とともにグーパンチの一つでも飛んでくるのだが……。

 俺の予想に反して理沙は、


「ごめんなさい……」


妙にしおらしく謝ってきたではないか。


 あれ? この反応、なんか思っていたのと違うよ?

 これはひょっとして、俺ってば言い過ぎちゃった?


 すると、いまだに理沙の肩を抱いたままのクソイケメンが、


「きみ。いきさつはどうあれ、事故直後の女性に向かってそんな言葉をかけるのはヒドいんじゃないかい? 彼女だって反省しているに決まっているだろう?」


と俺をたしなめてきた。


 アンタにそんなこと言われる筋合いはねぇよ!


 俺はイケメンの言い方に思わずカチンと来たが、冷静に考えれば、ここは残念ながらこの男の言う通りだった。


 ちょっと不貞腐れて嫌な言い方をしたな。反省だ。


「悪い、理沙。今のはちょっと言い過ぎた。何はともあれ、無事でよかった」


 俺は理沙のそばに寄って頭を下げた。


「う、ううん、いいの。わたしも確かに悪かったんだし。トキオこそケガしてない?」

「おお、大丈夫。俺も介抱してもらっていたから――」


と答えて、俺は再び重要なことを思い出した。


「『麗しの君』!」


 慌てて俺が倒れていた場所を振り返ると、『麗しの君』はびっくりした顔で俺を見ていた。


「な、なんですか? 麗しの……?」

「い、いや、なんでもありません! あ、あ、あの! 介抱していただいて、ありがとうございました!」

「いえ、いいんです。そちらこそ大丈夫でしたか? お怪我はありませんか?」


 はぁぁ、『麗しの君』に心配してもらえたよぉぉぉ。

 あと、声、めっちゃかわいいぃぃぃ。


 理沙とクソイケメンと話したおかげか、何を喋っていいか分からなくなっていた先ほどと比べても、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。ようやく、『麗しの君』とも正面を向いて話せる。


 彼女は中庭の芝生の上に正座していた。

 背筋をキチンと伸ばし、スカートの裾を押さえつつ膝を揃え、その膝の上にそっと手を乗せた姿勢は、彼女の育ちの良さを感じさせた。俺には、彼女の周りだけ芝生が光り輝いているように見える。

 そんな彼女の姿を見て、俺は自分が目を覚ましたときのことをふと思い起こした。


 あれ? ひょっとして俺って、さっきまで――


「芝生の上にそのまま寝かせていてはよくないと思って、私が膝枕をしていたんです。暑くなかったですか?」

「え! 膝枕してくれていたんですか⁉」

「ごめんなさい、やっぱりご迷惑でしたか?」


『麗しの君』が心底、すまなさそうに言う。


「いえ。あなたの膝枕をじっくり味わう前に起きてしまった愚かな自分を呪っているだけです」


――とは言えないな。


「いや、この一年生は迷惑どころか、膝枕を自ら途中でやめてしまって後悔しているだけじゃないかな?」


 イケメンが理沙を立ち上がらせながら言った。


「ナ、ナニヲイウデスカ、ソンナコトナイデスヨ」


 棒読みのように否定してみたものの、イケメンの指摘が図星過ぎて思わず噛んだ。

 俺はまた、思っていることが顔に出ていたのかと心配になり、思わずてのひらで顔を撫でた。


「失礼なことを言ってはダメよ。女性を助けようと真っ先に飛び出していけるような勇敢な方なのに」


 ああ、夢ではないだろうか。

『麗しの君』に再会できただけでなく、その本人に「勇敢な方」などと言われる日が来ようとは。


 お礼のために理沙を救った訳ではないと言ったが、『麗しの君』からこんな言葉をもらえるなら、喜んで何度でも理沙のケツの下敷きになろうではないか。よく窓から落ちてくれた、理沙。


 これはもう、俺と『麗しの君』二人の運命の再会に違いない。

 このまま俺たち二人は、一気に燃え上がる恋へと突き進んでいくのだ。



「女性の身代わりに飛び込めるなんて、とても勇敢な方! 私と付き合ってください!」

「もちろん! 俺も愛しています!」

「えんだあああぁあああぁああああああああいあああああああい……」




 などと妄想していたら、中庭にチャイムが鳴り響いた。


「トキオ、午後の授業の予鈴だよ。そろそろ教室に戻らないと」


 理沙が俺の肩を叩いた。確かに俺たち以外の生徒は、すでにゾロゾロと教室に戻り始めている。


 えええ、俺、まだ『麗しの君』からの愛の告白を受けていないのだが……。

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