カット3 名前
もう、五時間目が始まるっていうのか?
理沙のケツの下敷きになって気絶していた間と妄想している間に、そんなに時間が経ってしまったか。
だって俺、まだ『麗しの君』と全然お話しできていないじゃないか。
俺は慌てて『麗しの君』に、
「あの! 気絶した俺を介抱していただいて本当にありがとうございます! つきましては今度、改めてお礼をしたいのですが!」
と声をかけた。
「お礼なんてとんでもありません。大したことはしていませんわ」
『麗しの君』は笑顔で立ち上がりながら答える。
「そうですか、ではさようなら」
「はい、ご機嫌よう」
……て、引き下がれるか!
ここで言われた通りに引き下がっていては、図書館での二人キャッキャウフフのイチャイチャタイムが本当に妄想で終わってしまう。
「で、では! せめてお名前を伺ってもいいですか?」
俺は必死に食い下がった。
「あら、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。大変、失礼しました。私は
『麗しの君』は俺に向けて微笑む。
緒女河? どこかで聞いたことのある名前だ。
あと、やはりA校舎内ではなく、B校舎にいたのか。
しかも特進科の一組といえば、特進五クラスの中でも一番成績上位者が集まるクラスのはずだ。
美しくて頭もいいなんて素敵だな、さすが俺の憧れの人だ、などと思っていると、俺と『麗しの君』の間に、憎きあのクソイケメンが立ち塞がった。
「僕は、由梨くんと同じクラスの居衛戸
言いながら、にこやかに握手を求めて右手を差し出される。
いや、アンタには聞いてねえよ。ていうか、まだいたのかよ。
俺は居衛戸の手に気付かないフリをして、居衛戸の後ろの『麗しの君』に向け、
「緒女河先輩ですね。俺、普通科一年五組の美浦 時生っていいます。みんなからはトキオって呼ばれています」
と自己紹介した。
「あ、私はスポーツ科学科一年の青鹿 理沙です。私も、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました」
俺に続いて理沙も頭を下げる。
「トキオさんと理沙さんですね、これもご縁です。今後ともよろしくお願いいたしますね」
『麗しの君』が沁みとおるような笑顔で言った。美しい。さすがだ。
「さあ、教室に戻らないと。涼くん、行きましょうか」
『麗しの君』がクソイケメンに声をかける。羨ましい。けしからん。
「僕はもう少しここに残るよ。由梨くんは先にクラスへ戻ってくれるかい? 気を付けて」
「そうですか。では、私は先にここで失礼いたします。トキオさん、お礼など本当にお気になさらないでくださいね」
そう言って『麗しの君』は俺たちに会釈し、中庭から去っていった。
ああ、なんということだ。後姿まで神々しいぜ。これほど美しい後姿をこれまで生きてきて見たことがないわ。
しかも遂に、あの『麗しの君』の記憶の一部に、この俺の平凡な名前が刻まれてしまった。
なんと恐れ多い。やべぇ、超テンション上がるわぁ。
俺が名残惜し気に『麗しの君』を見送っている横で、
「理沙くんは本当に保健室へ行かなくても大丈夫かな?」
と、居衛戸が理沙に尋ねていた。
なんだ、まだいたのか、この人。
ていうか、もう理沙のことを下の名前で呼んでやがる。
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