カット4 居衛戸 涼
居衛戸に体調を気遣われた理沙が質問に答える。
「あ、はい、大丈夫です。痛い所もないですし」
「そうか、それは良かった」
居衛戸はそう言うと、今度は俺の方を向き、
「トキオくんの方はどうだい?」
と尋ねてきた。
「なんスか、先輩。教室、早く戻らなくていいんスか?」
俺は理沙と違い、イケメンと話したい訳ではない。
喧嘩を売るような口調で、質問に答えず、質問で返した。
「それはキミだって同じだろう? どちらかというとキミの教室の方が、僕の特進科の教室よりも遠いぞ」
居衛戸のいう通り、確かに特進科はB校舎の三階、俺の教室はA校舎の最上階である四階だから、中庭のこの位置からだと特進科の教室の方が断然近い。俺が今から五時間目に間に合うよう教室へ戻るには、だいぶ懸命に走らないといけないだろう。
しかし――
「心配いらないっス。足には自信あるんで」
俺は胸を張って答えた。
さっきだって、とうてい間に合わないと思っていた理沙の二階からの落下に間に合ったぐらいなんだ。意外と俺は足が速かったらしい。
これまで俺は人並みの脚力だと思っていたが、小学校ではサッカーバカの理沙、中学では陸上バカの清古と比べていたから、自分を過小評価していたのかもしれない。能ある俺は俊足を隠していたのだな。
なかなか俺もやるではないか、と俺は自分に感心していた。
「それならいい。で、もう一度聞くが、トキオくんの体調は大丈夫なのかい?」
「はい?」
「いま、身体のどこかが痛んだり、気分が悪かったりはしていないか聞いているんだ」
「もしかして、俺の身体の心配をしてくれてるんスか?」
「まぁ、そんなところだ」
意外にも、このイケメンは理沙だけでなく俺の体調も心配してくれているらしい。その割には、ずいぶんな物の聞き方だったが。
とりあえず俺はその場で肩を回したり、足を上げてみたりした。
「特に痛むところはないス。気分も別に悪くないっスね」
中三のときに、清古と理沙の三人でケーキバイキングの店に行った時の方がよほど吐きそうだった。
あ、そういえば今日、弁当食べ損ねたな。
「そうか……」
俺の返事を聞いた居衛戸は、その場から一歩下がると腕を組んで俺の全身を上から下まで眺めた。
……なんだか、視線が気持ち悪いな。
やだ、先輩。私には『麗しの君』という心に決めた人がいるんですが……。
そんなバカなことを考えていると、
「トキオくん。今日の放課後、時間は空いていないかい?」
「へ?」
居衛戸から唐突にそう言われ、俺はキョトンとした。
「よかったら学校から帰る前に、B校舎の三十三号室に寄ってくれないか。午後の授業が終わった頃に体調が悪くなったりしないか気になるんだ」
「えぇぇ……」
心配してくれるのはありがたいが、ちょっとしつこくないか、この人。
こっちは弁当を食べ損なったことを思い出して、さっきから腹がグーグー鳴っているぐらいだし、もう心配いらないと思うのだが。
『麗しの君』の名前やクラスも聞けたことだし、これ以上、このイケメンと関わっても面倒そうだ。
「いえ、もう本当に大丈夫スよ。それに、今日の放課後はちょっとアレっスね。アレがあって行けそうにないっスね」
俺はヘタな嘘をついた。
『麗しの君』には、これからいつでも会うチャンスは作れるし、このクソイケメンにもう用はない。行く必要はないだろう。
「そうか、残念だ。由梨くんも
前言撤回。
居衛戸の「るんだが――」の言葉に被せるように俺は答えた。そういうことは先に言いなさい。
居衛戸は俺の露骨な変わり身の早さに怒ることもなく、
「それなら良かった。では放課後、待っているよ」
そう言うと、俺たちに背を向けてB校舎に入っていった。
なんだか立ち去り方も絵になるなぁ、チクショー。
とか思っていると、後ろから理沙が俺の肩を指でつついてきた。
「トキオ。私たちも早く教室に戻らないと」
「おお、そうだったな。いくか」
俺は弁当を拾うと、理沙と並んでA校舎の自分の教室へ向かって走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます