カット2 諦めない男

 俺は頷きながら理沙に言った。


「お前は、俺が先輩にフラれるかもしれないって心配してくれてるんだな?」


「ちょ、やめてよ! あたしはトキオのことなんか別に…………て、はい?」


 さっきまで赤くなっていた理沙の顔から表情が消えた。


「確かに、昨年の失恋のときは、清古と理沙に助けてもらった。本当に感謝している。『麗しの君』との出会いがあったとはいえ、その前に見事にフラれていた訳だしな」


 いくら『暴走機関車』の俺とはいえ、自分がフラれたことを完全に忘れられるほどバカではない。


「『二学期からあの子にどんなツラして会えばいいんだ!』と凹んでいたとき、『そのツラしかないじゃん』と笑いながら励ましてくれた清古の言葉に、俺がどれだけ勇気づけられたことか」

「……清古はあのセリフ、絶対に励ましのつもりで言ってなかったと思うよ?」


 理沙が何か言ったが、俺には聞こえなかった。


「今回も、俺が由梨先輩にフラれて落ち込むと思ってるんだろう? 気を使わせて悪いな」


 コイツは、サッカーばかりやっててガサツなように見えて、意外と優しい所があるんだよな。わかってるぞ。


「でも、大丈夫だ。今回は一度や二度、告白を断られようとも俺は諦めないぜ。何のために、わざわざ枳高校ここに入学したと思ってるんだ。先輩が卒業するまでの二年の間に、俺の方を振り向かせればいいだけだからな。見ていろよ!」


 冷静に考えれば、我ながらストーカーの理論とあまり変わらないような気がした。

 しかし、それでも俺は親指を立てて理沙に笑顔を向けた。これでもかというほどの満面の笑顔を見せつけてやった。

 心配することはないぞ、理沙!

 俺の決意を見ろ!



 ……ところで、赤らんでいた理沙の顔から表情が消えて、今は顔色が土気色になってるように見えるのは気のせいかしら?



 しばらくその顔色のまま表情が固まっていた理沙だったが、急に吹き出すと、続けて大笑いし始めた。


「さすが、トキオね。全然わかってないけど、まあいいわ」


 そこまで言って理沙は言葉を切り、一つ大きく息を吐いた。


「あーもう! 清古は東高に行ったし、あたしもサッカー部で忙しいんだから! 後から『やっぱり慰めてくれ~』とか泣きついてきても知らないわよ!」


 理沙が言いながら俺を指さす。


「え、マジで? お前、冷たくね?」


 俺は速攻でヘタれた。


「いや、そこは泣きついてこないでよ、カッコ悪いなぁ」

「泣きたいときだってあるじゃない、人間だもの」

「名言っぽく言わないの」


 カッコ悪いのは百も承知だ。

 でも、やっぱりフラれたら凹むと思うんだよなぁ……。


「もう、仕方ないわね。……それじゃ、トキオが由梨さんにフラれたら、うちのサッカーグラウンドを泣きながら走ればいいよ! わたしも一緒に走ったげるから」


 理沙が、いかにも体育会系らしい提案をしてきた。


「で、トキオが倒れるまで走ったら、わたしが慰めてあげる」

「ま、なんか青春って感じで、それもいいかもな。じゃ、いざとなったらそれ頼むわ」


 俺の返答を受けて理沙はコロコロと笑った。

 それを機に、俺たちは再びB校舎へ向けて歩き出した。


◇ ◇ ◇


 三十三号室の扉の前に着いて、俺はいつものようにノックする。

「はい」という女性の声がしたので、てっきり声の主が由梨だと思った俺は、


「由梨先輩、こんにちは!」


と大きな声で挨拶しながら部室に入った。


 しかし、部室の椅子に座っていたのは由梨ではなかった。


 部室では、一人の少女が俺たちに横顔を向けながら文庫本を読んでいた。

 その横顔が、夕日を浴びて透き通るほど白い。

 綺麗に伸びた睫毛。

 すらりとした鼻。

 色素の薄い唇。

 そして頭には、


「あれ? 鷺瀬さん?」


 なんで、ここに鷺瀬がいるんだ?


 俺の声に気付き、鷺瀬がこちらを振り向いた。相変わらず、美少女過ぎて目を合わせるのが恥ずかしくなる。


「なに? トキオ、この子と知り合いなの?」


 俺の背後から理沙が聞いてきた。

 コイツは鷺瀬を外国人だと思って、俺の影に隠れていやがる。


「知り合いっていうか、俺は直接、話したことないんだけどな。俺のクラスメイトが三日前に告白してフラれた子だ」

「あたしたち、入学してまだ五日よ⁉ 展開早くない⁉」

「恐ろしい話だが事実だ」


 ひょっとしたら、お前もそいつから告白されるかもしれないんだけどね。


「この間はどうも。俺の友人が失礼しました」


 俺が何かしたわけではないが、一応、挨拶がてら先日の非礼を鷺瀬に詫びておく。

 鷺瀬は、青色の鳥の形をした可愛らしい栞を手元の文庫に挟んで、そっと本を閉じ、


「私こそ、失礼しました。樫尾さんにもよろしくお伝えください」


言いつつ頭を下げてきた。

 すいません。伝えるとややこしくなりそうだから樫尾には黙っておきます。


「ところで鷺瀬さんは、今日はなんでこの部室にいるんですか?」


 芸術科の噂のハーフ美少女が、なぜ『えい研』のような超マイナー部の部室にいるのだ?


「なんで……ですか?」


 鷺瀬が頭をかしげてから、


「それは、私が『映画映像絵画研究部』の一員だからです」


と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る