シーン7 トキオ、紅茶を飲む
カット1 質問
俺の教室に、待ちに待ったチャイムが鳴った。金曜日の全授業終了を知らせる福音である。
「トキオ。今からクラスの数人とカラオケへ行こうって話があるんだけど、よければお前もいかないか?」
今日も由梨に会いに『えい研』へいこうとウキウキしながら帰り支度をしているところへ、樫尾が声をかけてきた。
自己紹介のときにドンズベりして以来、クラスメイトと厚過ぎる壁を築いてしまった俺だったが、樫尾の異常なコミュニケーション能力の恩恵を受け、入学式から5日目にして、ようやくクラスにも馴染んできた。
このクラスには、俺と同じ中学出身の生徒がいなかったので大いに助かっている。
「サンキュー。でも、明後日の日曜日に部活でパンフレットの撮影があって、今日もその打ち合わせがあるんだ。せっかく誘ってくれたのにごめん」
「本当にいいのか? 女子も来るのに」
「マジで⁉ じゃあ、行くわ! ……ってならねぇよ。大丈夫」
「もったいないなぁ。今日のメンバーは粒ぞろいなのに。見ろよ」
樫尾が俺の肩越しに指さす方向を振り向くと、七人ほどの男女グループが集まって喋っている。
うーん、確かにクラスの中でも可愛いレベルの子ばかりだ。そして男子もイケメン揃いだ。いわゆるクラスカーストの上位がズラリと並んでいる。
「……あの顔触れじゃ、俺や樫尾は他の奴らの引き立て役にしかなれないと思うけど」
俺は危うく言いかけたセリフを飲み込み、
「日曜日の撮影が終われば、しばらく大きな活動はないらしいから、そうしたらまた誘ってくれるか?」
樫尾に頼む。
「オッケー、わかった。次回も可愛い子を集めとくからな。まかせとけ!」
「メンバーにもよろしく言っておいてくれ。じゃあな」
手を振って、俺は教室を後にした。
樫尾、骨は拾ってやるからな。
◇ ◇ ◇
入学数日にして、もはや通い慣れた感のあるB校舎への渡り廊下を歩いていると、途中で理沙が合流してきた。理沙も撮影モデルとして、今日の『えい研』の打ち合わせに参加することになっている。
「この間といい今日といい、サッカー部の練習に遅れてるけどいいのか? それに、日曜は撮影モデルだから練習は丸一日休むしかないし、いい加減、部の先輩たちになにか言われたりしないのか?」
しかも、理沙はスポーツ特待生だ。周囲から
「涼さんの名前を出したら一発OK。『居衛戸くんのためなら、なんでも手伝ってあげなさい』というお言葉をいただいています。監督にも、先輩たちがうまく誤魔化してくれてる」
マジか。イケメンパワー、万能すぎだろ。
「そんなことでウチの女子サッカー部って大丈夫なのか?」
「私も少し心配になってきた」
理沙は少し笑ってから、
「それよりも、ホントに私が学校パンフレットのモデルなんかやっても大丈夫かな? そっちの方が気になるよ」
撮影に不安をのぞかせた。聞けば、モデルを頼まれて以来、不安でなかなか寝付けないという。
サッカーの試合では男らしいプレーを見せる理沙だが、やはり毛色の違うモデル仕事は心配になるらしい。仕方ない、励ましてやるか。
「由梨先輩の直のご指名なんだから大丈夫だよ。それに、理沙は知らないかもしれないが、写真ってもんは便利なことに被写体の内面は写さないんだ。だから、例えお前の内面がオスゴリラであっても心配いらな……痛ぇよ、叩くなよ」
俺は理沙に殴られながらB校舎へと続く渡り廊下を進む。
途中、俺たちとは逆にB校舎からA校舎側へ抜けていく生徒たちとすれ違う。向かってくる生徒にぶつからないよう、俺と理沙は前後一列に並んだので、しばらく会話が途切れた。
「ねぇ。トキオと清古が去年から言ってた『麗しの君』って、やっぱり由梨さんのことなの?」
何度か生徒とすれ違ったとき、俺の後ろから急に脈絡もなく理沙が聞いてきた。
理沙は、中学の頃からサッカー部が休みの日には、俺と清古が帰る所に合流してきたり、そのまま清古とともに俺の家に上がり込んできたりしたことがあった。そのため、昨年の夏の俺の告白失敗と、直後の『麗しの君』との出会いの話も、俺たちの会話から全て知っていた。
そういえば、清古にはこの間、『麗しの君』に会えたと話したが、理沙はサッカー部に戻っちゃったから話してなかったな。
「ああ。由梨先輩が『麗しの君』で間違いないよ」
振り返ることなく、俺は理沙に答えた。
まだ本人に直接確認したわけではなかったが、あれほど恋い焦がれた『麗しの君』を俺が見間違えるわけがない。
「じゃあ、トキオは告白するつもりなの? 由梨さんに」
理沙からの質問は続く。
「そりゃ、彼女に告白するために枳高校に入学したんだからな。告白するよ。俺の半年間の思いをぶつけるだけさ」
樫尾の鷺瀬への告白を見て、俺も根性決めなくてはと思ったからな。
「ホントに?」
背中から問いかけてくる理沙の声のトーンが変わったように聞こえ、どうかしたのかと思い、俺は立ち止まって理沙の方を振りむいた。
理沙もその場に立ち止まっていた。
そして振り返った俺を正面から見つめながら、
「ホントに告白するの?」
と再び尋ねた。
理沙は妙に真剣な表情をしている。
ああ、そういうことか。
俺はピンと来た。
「理沙。お前の気持ちはわかってるよ」
「え? な、なにが?」
俺の言葉を聞いた理沙の顔が、急に赤くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます