カット4 ローマの休日
翌日の放課後、俺は鞄の中に『ローマの休日』のDVDを入れて『えい研』の部室へ向かった。
昨晩、晩飯と風呂を済ませてから鑑賞を始めたのだが、大まかなあらすじは知っていたおかげか、一晩のうちに118分の上映時間をすべて見終えることが出来た。
俺は、次はどの映画を借りようか考えながら『えい研』の部室のドアをノックし、
「トキオです。失礼します」
と声をかけつつドアを開ける。
「トキオさん、こんにちは」
部室の中では、由梨が一人で椅子に座って、ノートに何か書いていた。
「今日は由梨先輩ひとりですか?」
てっきりいつも通り、由梨と涼の二人でいると思ったのに。
「涼くんはいま、学校受付の方に。日曜日の撮影カメラマンさんの駐車場使用と入校の許可証を申請しに行きました」
「ああ、そうなんですか……ん?」
ということは、それが終わって涼が部室に来るまで、俺は『麗しの君』と部室で二人きりということか!
俺は急に訪れた幸運に感謝した。
よし、まずは落ち着いて、この幸せな時間を延長する手を打とう。
「由梨先輩。日曜の撮影ですが、俺と理沙の友人で隣の東高に通っている清古って男が撮影の見学に来たいと言ってるんですけど、大丈夫ですか?」
「もちろん。では、ついでに一緒に入校証を申請してきてもらうように涼くんに電話しますね」
そう言うと、由梨は学校鞄からスマートフォンを出して電話をかけた。
枳高校では、授業中の携帯の使用は禁止だが、休憩時間や放課後は使用が許可されている。
涼はちょうどカメラマンの申請が終わって部室に向かっていたらしい。そこを戻ってもらって、清古の分の許可証も追加申請してもらうことになった。
「ちょうどいいタイミングでしたね。間に合いましたわ」
由梨の言葉に、俺はこっそりガッツポーズをした。これで由梨と二人でいられる時間が少し増えた。清古のおかげである。
「すいません、急に学外の生徒がお邪魔することになってしまって。その代わり、そいつも俺と同様にこき使ってくれていいですから」
「全然、かまいませんわ」
そう言って、由梨は微笑んだ。
「トキオさんたちと昨日知り合ってから、急に『えい研』が賑やかになって嬉しいです。去年は、涼くんと二人で話しているだけの活動だったので」
「今年からは、俺でよければ毎日、お相手させてもらいますよ」
だから今後、あのイケメンとこの部室で二人きりになる必要はないですし、もうさせません。
俺はそう思いつつ、鞄から取り出した『ローマの休日』のDVDをキャビネットに戻した。
「昨日のDVD、もう観たんですか?」
「はい。おかげで今日はちょっと寝不足です」
「わかります。いい映画は途中でやめられませんからね。いかがでしたか? 『ローマの休日』は」
「あらすじは有名なので知っていたんですが、観たのは初めてだったんです。結構、面白かったですね」
「そうですね。タイトルとあらすじがあまりに有名で、逆になかなか見る機会がないかもしれません。どこか、印象に残ったシーンはありましたか?」
由梨の質問に俺は少し悩んで、
「池での乱闘シーンとか面白かったですね。楽団の音楽に合わせてギターを叩きつけるところとか笑っちゃいました」
と答えた。
「あそこは、乱闘シーンなのにオードリー・ヘップバーンの可愛さがよく出ていますよね。いかにも、ああいうことに慣れてない感じで叩いてますし」
その直後のずぶ濡れになったままのキスシーンは、観ながらちょっとドキッとしてしまったけど。
「ジョー役のグレゴリー・ペックもかっこよかったですね。あの俳優さんが出演している他の映画も観たくなりました」
「かっこいいグレゴリー・ペックを観たいなら、『白昼の決闘』や『大いなる西部』のような西部劇がいいかもしれませんね。『白昼の決闘』でしたら、たしかここのコレクションの中に置いてありますよ」
「それじゃ、次はそれを借りようかな」
言いつつ俺は、せっかくの二人だけの時間なんだから、もう少し話がしたいなと思った。かといって、俺の浅はかな映画知識ではボロが出る。そこで、もう少し『ローマの休日』の話題を引っぱることにした。
「そういえば、『ローマの休日』はラストシーンだけがちょっと納得いかなかったですね。あれだけ愛し合っている二人なのに、最後は別れちゃうのがなんだか……」
「納得いかないですか?」
「そうですね。お互いの気持ちも分かり合っているのに、なぜアン王女は王室に戻っちゃうのかなぁと」
由梨は俺の言葉をかみしめるように頷きながら、
「私も、最初に鑑賞したときは同じことを思いました」
と言った。
「ジョーも、アンをここで離したくない気持ちがあるはずなのに、黙って彼女が王室に戻るのを見守るだけなのは冷たいのではないか……と感じました」
「ですよね? あれほど二人が愛し合っているなら、ジョーはアンを連れて逃げちゃえばいいじゃないですか。アン王女だって、それを望んでいたんじゃないでしょうか?」
俺は純粋にそう思った。
「ダスティン・ホフマンの『卒業』のように、ですか?」
由梨がクスクスと笑った。その笑顔が素敵すぎて、俺は軽く身震いした。
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