カット3 片思い

◇ ◇ ◇


 告白なんかされたことがない俺と違い、清古は中学時代、本当によくモテていた。

 同級生はもちろん、先輩や後輩、果ては違う中学の女子生徒にまで校門前で待ち伏せされて、


「陸上の試合で走っている姿を見て好きになりました!」


などと告白されていた。中には、ビックリするほど可愛い子もいた。


 しかし、清古はその内の誰とも付き合ったことがなかった。


「ありがとう。でも、ごめん。俺、好きな人がいるんだ」


 いつでも、あの必殺のありがちなセリフ一つで断り続けてきた。

 かといって、その「好きな人」というのが誰なのかは、これだけ親しい仲の俺にも頑なに教えたがらなかった。



「好きな子がいるのなら、清古がその子に告白したらいいじゃん」


 中三の小春日和の秋の日。

 放課後、いつものように女の子に告白され、いつものように清古が断ったあとの帰り道に、俺は清古へ聞いてみたことがある。


「清古なら告白して断られることなんて、万に一つもないだろ。なんでアタックしないんだよ」


 俺はこのとき、清古にフラれていく女の子たちをどこか、自分に置き換えていたのだと思う。

 好きな人がいるという割に、相変わらず彼女も作らずにいる清古を見ていると、清古に片思いしている女の子は「自分にチャンスがあるかも」と希望を抱く。

 フラれた女の子は「私をフッておいて、なんで一人のままなんだ?」と傷つく。

 判で押したように同じ断りをする清古に、俺は少しイラついていたのかもしれない。


「お前がハッキリさせないから、撃墜されていく女の子が増えるんだぞ。可哀想じゃないか。いい加減、彼女の一人でも作ったらどうだ?」


 俺のちょっと強めの言葉を聞いた清古は、俺の目を見てしばらく黙ったあと、俺から視線を外してポツリと、


「――残念だけど、その子にも好きな人がいるんだ。俺ではない人が、な」


と小さい声で言った。

 俺と話すときはいつも笑顔の清古が、このときだけ表情が曇った。


「え? じゃ、清古が片思いしてるってことか?」

「まあ、そうなるな」

「へぇ……。その子が本当に清古以外の男を好きって本人に確認したのか?」

「いや、してない。でも、彼女を見ていればわかるよ」


 さすが清古。告白してから好きな人がいると知った俺とは見る目が違う。


「そっか。そりゃ、キツいな」

「うん。告白してくれる女の子たちには悪いと思ってるんだけど、俺も、その子が好きでいる間は他の子と付き合ったりできないから」


 清古が、足元の小石を一つ蹴った。小石は、数メートル転がって側溝の中に消えていった。


 いつも俺の恋愛相談をしてばかりだったから、清古が片思いしているなんて知らなかった。

 片思いのプロでもある俺にはよくわかるが、好きな人が自分のことを見てくれていないって本当に辛い。

 最初は、ただ純粋に相手のことを好きでいるだけで満足していたのに、いつの間にか両想いになりたくなる。

 あわよくば、相手とアンナコトやコンナコトがしたくなる。

 それなのに、その好きな人は自分以外の人を見つめているのだ。

 ひょっとしたら、片思いって人生で一番悲しい出来事なんじゃないだろうか。


 清古の整った横顔を見ていたら、珍しく悲しそうな親友を励ましてやりたいと思い、


「清古を選ばずに違う男を好きだなんて、その女もマジで見る目がないな! 普通、女子が百人いたら千人は清古を選ぶだろ」


まるで自分がフラれたように、俺は憤慨しながら清古を励ました。


 清古は俺の言葉を聞いて一瞬、目を丸くしたあとに盛大に吹き出した。


「なんだよ、それ。百人いたら千人って、十倍に増えてるじゃん」

「それぐらいの人がお前の方を選ぶってことだ」

「意味わかんねぇ」


 清古はまだ笑っている。


「いやー、まさか、よりにもよってトキオに励まされる日が来るとはな」


 なんだよ、こっちはお前のためを思って言ったんだぞ。


 清古は不満げな俺に気付いたのか、


「悪かった、悪かった。気を遣わせてごめん。いや、俺としては、その子はなかなかの選球眼だと納得してるんだよ。仕方ないから、俺もその恋を応援してやるしかないぐらいなんだから」


笑い過ぎて溢れた涙を拭きながら答えた。


「応援って……。清古はそれで本当にいいのか?」

「いいんだよ。今は彼女を見守ることの方が俺には大事だ」


 これ以降、清古は自分の恋愛の話を決して俺にはしない。


 俺は、いつか清古の思いが成就したらいいのに、と思っている。


◇ ◇ ◇


 ――とはいっても、今の俺は誰かの力になってやるどころの話ではない。


「まずは『えい研』の活動にかこつけて少しでも『麗しの君』とお近づきにならないと、あのクソイケメンとの絶望的な差を埋められないからな。清古も、日曜日の撮影のときに実物を見たら、対処方法を一緒に考えてくれよ」

「俺が手伝えることなら何でもやるよ」

「じゃあ日曜日、バットを持って校門前で待ち伏せてくれるか?」

「法の範囲内での話だ」


 清古が突っ込みながら微笑んだ。

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