カット2 潜入

 町工場への搬入門は開け放した状態になっていた。由梨が身を隠すように腰を低くして門をくぐり、俺も後に続く。


「由梨先輩、危ないですからあまり先に行かないでください」

「あら、ごめんなさい」


 由梨を守るつもりできたのに、なんだか本末転倒だ。


「いました、涼くんたちです」


 コンテナの影で由梨が立ち止まって、先を指さした。そこには俺たちより先行している涼と明日香が、工場の入口前で物陰に隠れてかがんでいるのが見えた。


「明日香は何やってるんですか?」


 屈んだまま、明日香が手元で何か準備をしているのが見える。


「あそこの監視カメラを壊すつもりじゃないでしょうか」


 由梨が今度は工場の入口扉を指さす。扉の上には、エレベーターの天井などに設置されている赤いドーム型の監視カメラが見えた。廃墟化している工場には不釣り合いなほど立派なカメラである。この工場の怪しさを証明しているようなものだ。


「あんな高いところの監視カメラを、あんな遠くからどうやって壊すつもりですか?」

「見ていてください。明日香ならできます」


 由梨の言葉が合図であったかのように、明日香が急に立ち上がると、左腕を前に伸ばして右腕を肩まで一気に後ろに引いた。

 直後、バキンという音がして監視カメラが粉々に砕けた。

 思わず俺は声を上げそうになったが、すぐに涼が監視カメラのあった場所の下まで走り出したので声をのんだ。涼は入口扉にたどり着くと、扉から出てくる人間の死角になる場所に再び屈んで静止した。


 涼はそのまま動かない。緊張感が高まる。俺は、緊張で固く乾いた喉に唾を流し込んだ。


 緊張のせいで長く感じたが、実際は数十秒ほどだっただろうか。建物入口のドアがゆっくりと開き、中から人が一人出てきた。


「あいつ……!」


 その扉から姿を現したのは、理沙を誘拐していった男たちと同じ、目出し帽にスーツの格好をした男だった。

 壊れたカメラを不審に思って様子を見に来たのか?


 瞬間、男の死角から現れた涼が男に当て身を食らわせ、あっという間に気絶させると、素早く男を拘束した。そして涼は、半開きのままの入口扉を覗き込んで安全を確認すると、明日香に向けて手招きし、それを見た明日香が素早く涼の元へ走った。

 入り口前で再び合流した二人は、建物の中を伺いながら建物に侵入していく。


「な、なんスか、あれは」

「ね! あの二人、すごいでしょう!」


 俺の驚きに、由梨はまるで自分が褒められたように喜んだ。


「涼先輩は格闘技を習ったとは言っていたけど、明日香が今やったのって……」

「ああいうの、スリングショットっていうんですって」


 スリングショット。いわゆるパチンコのことか。


「私はやったことないのですが、もともと子供でも遊べるものらしいですね。明日香の使っているものはゴムが強くて鉄球さえ打ち出せるような強力なものですけど」


 確かに、俺も子供の頃はオモチャのパチンコで遊んだが、明日香が使ったものは遠目から見ても、そんなオモチャとは威力が桁違いなのはわかった。


「スリングショットなら狩猟免許がなくても所有できるそうで、明日香はいつも持っています」


 かといって人に向けたら銃刀法違反になるんだろうけど、アイツら、人じゃなくて誘拐犯だしな。大目に見てもらおう。


「明日香は練習であんなにスリングショットがうまくなったんですか?」

「ええ。目がいいのと、普段からピアノを弾いているおかげか、指先の感覚が異常に良いらしく、すぐに百発百中になりました」


 俺の問いかけに由梨が答えた。

 ピアノがプロ並みに弾けて、紅茶を淹れるのが上手で、スリングショットが得意なロシア人のハーフ美少女メイド。

 なんなんだ、あのハイスペックな子は。


「さあ、行きましょう」


 由梨が立ち上がって、涼たちの入っていった建物入口へ走った。ボーっとしていた俺も慌てて後を追う。


 入口の前では、砕け散った監視カメラの破片の真ん中で、涼の倒した男が後ろ手に縛られたまま気絶している。どこに持っていたのか、結束バンドで両手足を固定されていた。

 涼は、由梨のボディーガード役が決まってから格闘技を学んだと言っていたが、よほど素質でもあるのだろうか、映画のアクションシーンのような見事な動きだった。

 俺は改めて、涼と明日香のボディーガードとしての力量に驚いた。

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