シーン10 トキオ、工場に潜入する

カット1 町工場

 理沙が着ている由梨のコートに仕込まれたGPSは、幸運にも犯人たちに気付かれなかったらしい。

 車で一時間ほど走った後、GPS信号は市のはずれのとある場所で動きをとめた。スマホで航空写真を調べると、そこは廃墟になった町工場のようだった。


「ここで警察の到着を待つのがいいだろう」


 涼が工場の近くの道路に車を停車させて言った。


「犯人の確保に僕たち素人が出るのはよくない。理沙さんにも危険が及ぶ可能性がある」


 涼の意見は俺も正論だと思う。

 しかし――


「それはいけません」


由梨がキッパリと断った。


「理沙さんは私の代わりに誘拐されているんです。少しでも早く、万が一にでも理沙さんに危害が加わらないうちに、我々で助けに行くべきです」


 由梨は理沙が自分の代わりに誘拐されたことへ心から責任を感じていたから、こう言いだすだろうことは俺にも予想がついた。


「由梨さん。気持ちは分かりますが、あまりに危険です。涼さんの言う通り、私もここで待機しているべきだと思います」


 明日香が助手席から振り向いて由梨に進言した。

 由梨も責任を感じつつ、明日香の言い分にも理解を示している。しばらく考えてから代案を提示した。


「では、本当にここに理沙さんがいるのかだけ確認しましょう。もし犯人たちがGPSに気付いていて、わざと発信機をここに放置していったのなら、とっくに違う場所に移動していることになります。そうなれば理沙さんを追う手掛かりがなくなってしまいますよ」


 涼と明日香は由梨の言葉を吟味し、視線を合わせてから頷き合った。


「わかった。では、僕と明日香の二人で中を見てくるよ。だが、由梨くんはこの車で待機だ。トキオくん、由梨くんのそばにいてくれるかい?」


 涼はシートベルトを外しながら俺に頼んできた。


「わかりました。車の中で由梨先輩と待っていればいいんスね?」

「ああ。この車は全面防弾仕様になっているし、僕の持つリモートキーを使わなければ、外からは決してドアが開かないように設計されているから心配いらない。――じゃあ、明日香、行こう」


 涼と明日香が車の運転席と助手席から飛び出し、工場の正面入り口の方へ走っていった。


 しかし、涼と明日香の姿が車から見えなくなった途端、由梨は自分のシートベルトを外し、


「トキオさん、私たちも行きましょう」


と舌の根も乾かぬうちに言った。


 やっぱり、ですか。

 うすうす、そう言い出す気はしてました。


「涼先輩は、由梨先輩にここで待っていてもらいたいようでしたけど……」


 一応、進言してみたが、


「トキオさんも理沙さんが心配でしょう?」


と由梨に問われたら、


「そりゃ、心配です」


と答えるしかない。


「大丈夫。あの二人が進んだ道を辿っていけば心配ありません」

「本当ですか?」


 二人の歩く道がモーゼの歩いたあとのようにバカーンと開くわけでもなかろうに。


「早くしないと、あの二人まで見失うことになります。行きましょう」


 由梨は俺の返事も待たずに車のスライドドアを開けた。キーがなければ外からは開けられないドアも、中から開けられたらひとたまりもない。

 当然、由梨一人で行かせるわけにはいかない。俺以外に由梨を守る人間はいないのだから、ついていくしかないではないか。

 俺も由梨に続いて車から降りる。足に痛みはない。スタンガンの影響はもうないようだ。


 それにしてもこのお嬢様は案外、人の言うことを聞かないな。


 俺は由梨の印象を「奥ゆかしい深窓の令嬢」から「目が離せないおてんば娘」に改めた。

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