カット3 発見

 扉の先の工場内は錆と埃の臭いで充満していたが、いまだに様々な工業機械が放置されたままで、俺たちは隠れる場所に困らなかった。

 涼と明日香の二人に至っては、いると分かって目で追っている俺の視界からでさえ、たまに消えてしまうほど見事に気配を消していた。これでは潜入される側の犯人たちもなかなか気付かないだろう。


 だが、監視カメラの不調を確認に行った男が帰ってこないことを、そろそろ犯人たちも不審に思うかもしれない。早く理沙を見つけなければ……。


 そのとき、涼たちの動きが止まった。涼がスマートフォンを取り出して何か撮影しようとしている。そのスマートフォンのカメラが狙う先を見ると――


 理沙だ!


 理佐は猿ぐつわをされ、腕を後ろ手に縛られたまま椅子に座らされていた。すでにウィッグは取られ、理沙の地毛の茶髪のショートカットに戻っている。ざっと見たところ、怪我はないようだ。

 気絶しているのか、薬で寝かされているのか、呼吸はしているようだが理沙に動きはない。


「理沙のヤツ、あれだけ拘束されたってことは、車の中で大暴れでもしたんですかね?」


 事態は何一つ好転してはいないが、由梨に向けてヘタな冗談を言う余裕ができたほど、理沙が無事であることが確認できて俺は安心した。


 理沙の周りの様子を観察する。

 理沙のすぐそばに一人と、理沙から少し離れたところで椅子に座ってノートパソコンを開いている男が一人いた。

 二人とも目出し帽を被ったままだが、理沙の傍に立っている男の体格に俺は見覚えがあった。コイツが俺を痛い目に合わせた、憎きスタンガン男に間違いない。

 今のところ、他に人は見当たらない。理沙を誘拐するときに車から出てきたスーツの男は、運転席も含めて三人だった。工場入口で涼が気絶させた男を含めて、これで三人全員を見つけた訳だし、これ以上、仲間はいないのかもしれない。


 ――あとこの二人しかいないのなら、涼と明日香のコンビで理沙を助けられないだろうか?


 先ほどの二人の活躍を思い出して、俺はそんなことを考えたが、期待に反して涼と明日香は来た道を後戻りしようとしていた。


「え、帰る気なの?」


 俺は思わず、失望を口に出すと、それを聞いた由梨が申し訳なさそうに、


「もともと涼くんは、理沙さんがここにいるかどうか確認するだけと言っていましたから。無事、確認が取れたので車に戻るつもりなのでしょう」


と答えた。


「それはそうですけど……」

「あの二人は私の安全を最優先するように緒女河に指示されていますので……。ごめんなさい」


 由梨が沈んだ声で言う。


「……いや、由梨先輩が悪いわけじゃないです」


 本当の気持ちを押し殺して俺は言った。

 俺だって由梨を責めることはできない。涼たちを薄情だと言うなら、俺が理沙を助けに飛び出せばいいだけの話だ。

 だが、ここで俺が無鉄砲に飛び出したって何ができるというのだ。逆に理沙を危険にさらすことになりかねない。それなら、涼がいまスマホで撮影した理沙の囚われている写真を証拠に、警察にしかるべき対処を取ってもらうのが一番だ。理沙のためにもその方がいいに違いない。


 俺は由梨に向かって小声で、


「由梨先輩。涼先輩たちが戻ってきますから車へ戻りましょう。理沙の無事も確認できましたし」


と声をかけた。


「そうですね。ではトキオさんも」

「――いや、俺はここで奴らを監視し続けます」


 涼と明日香が由梨を守らなければいけないなら、いま、理沙を守れるのは俺しかいない。

 ならば、理沙が奴らに危害を加えられたりしないよう、俺は監視だけでもしておこう。


「ダメです、トキオさんを一人で置いていけません。だったら私も残ります」


 由梨が言う。まあ、そう言うだろうな。


「いけません。俺は由梨先輩にも怪我をしてほしくない」

「ですが……」


 由梨と押し問答になってしまったところで、思わず俺はふらついてしまい、足元に放置されっぱなしだった工具に足が引っかかってしまった。


 カチャン――


 犯人たち以外、誰もいないはずの工場に不自然な工具の音が響きわたってしまった。

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