カット3 屋上
涼たちが帰った後、俺は外の空気が吸いたくなって病院の屋上に上がった。
すでに日は大きく西に傾き、俺の正面からは真っ赤な夕日が射していた。
昨晩、俺が寝ている間に雨が降ったそうで、屋上から下を眺めると、病院の入口に植えられている桜の木からはだいぶ花が落ちてしまっていた。少し寂しくも感じたが、逆に俺の身体を撫でていく風は冷気が薄れ、春の暖かさをまとい始めている。いよいよ、桜の時期も終わりだ。
しばらくすると、俺の背後の階段室の中から誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。
俺は屋上の安全柵に寄りかかって階段室の方を振り返り、夕日を背に受けながら足音の主を待った。
「……大丈夫ですか? あまり屋上にいると身体が冷えてしまいますよ」
階段室の扉が音を立てて開き、由梨が姿を現した。
制服姿に、理沙に着せたあのコートを羽織っている。
不在の間に由梨が来るかもと思い、病室に置手紙をして屋上に上がってきていたので、捜すことなくここへ来てくれたようだ。
「大丈夫ですよ。入院だって別に必要ないぐらいなんですから」
俺は努めて明るい口調で答えたが、西日を受けてまぶしそうな目をする由梨の顔には複雑な表情が浮かんでいた。
俺は、二人の間に流れる微妙な空気を変えようと、
「なんだか由梨先輩には、いつも『大丈夫ですか?』とばかり聞かれている気がします」
笑いながら言った。
すると、由梨は少し笑顔を浮かべ、
「それなら、あまり私に心配をかけないようにしてください」
と答えた。
「それはそうですね。すいません」
俺が頭を下げて、しばらく俺たちは和やかに笑いあった。
やがて、由梨は再び笑顔をしまうと、意を決したかのように話しはじめた。
「涼くんから聞きました。工場でトキオさんが飛び出したときのことについて、トキオさんから問いただされていると」
「問いただす、なんて大層な話ではないですよ。ただ、自分の身体に起きたことなので、どうしてもちゃんと知りたいというのが本音です」
俺は努めて明るく訊ねる。
「……わかりました。では、ご説明しましょう」
由梨は俺の目を見据えて、背筋を伸ばした。
「トキオさんの質問に答える前に、緒女河家のことについてお話ししなければなりません」
「はい」
俺も昨晩、病室で一人考えていたとき、なんとなく予想がついた。
犯人を追跡している車の中で由梨から言われた、あの言葉。
「犯人たちの目的は、緒女河家の金銭ではない可能性の方が高いのです」
俺の身に起きたことは、ひょっとしてその『緒女河家が金銭以外の目的で狙われる理由』とやらに関係しているのではないだろうか。そんな気はしていた。
「緒女河家が狙われるのはその財産が目当て、というのも間違いではありません。しかし今回の犯人たち、またはその依頼者たちは、緒女河家の持つ力を目的にしていました」
「緒女河家の持つ力?」
俺は由梨の言葉を繰り返す。
「はい。それは、緒女河家に生まれる女性全員に発現する能力です。超能力のような力で、科学的には説明できないものです」
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