カット2 もう一つの質問

「あの時、俺の身体ってどうなったんスか?」


 俺は涼に訊ねた。


 涼が一呼吸おいて、


「あの時とは?」


と聞き返す。


「トボけないでください。俺が迂闊にも犯人たちの前に飛び出してしまったときのことです」


 俺は涼の目を見て話し続ける。


「あのとき、俺と犯人までは、まだ十数メートルは離れていたはずです。なのに、気付いた瞬間に俺は犯人の目の前にいた」

「犯人と揉み合ったショックや、理沙くんを心配するあまり、記憶が混濁しているんじゃないかい? 別におかしなことはなかったよ」


 涼は紅茶を優雅に飲みながら逆に俺に尋ねてきた。

 このクソイケメン、いまさら何をとぼけてやがる。


「犯人も、俺が急に目の前に現われて驚いた顔をしていました。俺だけの思い違いとは思えません」


 あの奇妙な感覚はいまだにはっきりと覚えている。

 あのとき、怒りに任せて飛び出ししまったが、俺だって心の片隅では正直、


「あー、やっべ。俺、またやっちまった」


と思っていた。我ながら『暴走機関車』だと思った。

 それでも、やっちまった感よりも大きな怒りがあったので、ともかく『暴走機関車』らしく根性を決めて犯人に向かって走ったのだ。


 それなのに、気付けばスタンガン男までの距離がいた。

 そうでなければ、最低でもスタンガン男の方は、すでに手に持っていたバタフライナイフを俺に向けるヒマぐらいはあったはずだ。


「いま思えば、中庭で理沙が二階の窓から転落したときだってそうでした。俺の足で、B校舎の入口から理沙の落下地点までなんて、走って間に合う距離ではないんス。あの時も、涼先輩なら見えていたんでしょう? 俺に一体、何が起きたんですか?」


 黙ったままの涼を、俺は一直線に見据えた。

 中庭の騒ぎのあと、不自然なぐらいに涼が俺の体調を心配していたのも、このおかしな現象にきっと関係があるはずだ。だとしたら、涼は絶対に何かを知っている。



 しばらく、俺と涼がお互いに睨みあいを続けていると、


「……涼さん。もう無理ではないですか?」


明日香が涼に声をかけた。

 明日香の口調には、彼女も詳しいことを知っているニュアンスが感じられた。


 それでも涼は黙っていたが、やがて諦めたかのように、


「そうだね。もうこれ以上、誤魔化すことはできそうにないか」


溜息を一つつくと、ティーカップをソーサーに戻し明日香に渡してから話し始めた。


「トキオくん。これは由梨くんに関するとても重要な秘密事項になるから、僕の独断で君に伝えることはできない。ただ、由梨くんに君への説明をお願いしておくよ。彼女は今日、緒女河家のものに送られて、もう少ししたらここへお見舞いに来るはずだ」

「わかりました。待っています」


 俺が涼にそう答えると今度は明日香が、


「トキオさん。どうか由梨さんを責めないであげてください」


と言った。


 由梨を責める? なぜ?


「由梨さんは、トキオさんの安全のために言わない方がいい、と考えていましたから」

「だろうね」


 当然、あの人のことだから、そういうことだろう。

 由梨だけでなく涼も、緒女河家や自分たちのためでなく、俺のために伝えずにいてくれたのだ。


「それはわかってるよ。でも、もう気付いてしまったんだから後戻りはできない」


 俺は笑顔で明日香に伝えた。

 明日香も、それ以上のことは言わなかった。

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