ラストシーン トキオ、再び説明を受ける

カット1 病室

 その後の騒動については、俺は気絶したままだったので当然まったく記憶にない訳だが、以下のようなことがあったらしい。



 まず、何はともあれ理沙がケガもなく無事だったこと。


 涼に拘束を解かれて目を覚ました理沙が、気絶している俺を死んだと勘違いしたこと。


 理沙が泣きじゃくりながら俺の首元にしがみついたところ、俺が呼吸困難になって顔色が変わってしまい、駆け付けた救急車に運ばれたのが誘拐されていた理沙ではなく、なぜか俺になってしまったこと。


 そのまま、俺は検査入院で病院に二泊もする羽目になってしまったこと。


 救急車で運ばれる俺に由梨が付き添ってくれて、ずっと手を握っていてくれたこと。


 これらは、救急車で運びこまれたオメガグループ傘下の総合病院の病室で、事件翌日に俺が目覚めた後、明日香とともに見舞いに来た涼から聞いた。

 由梨が気絶している俺の手を握っていてくれた、と聞いたときには、文字通り俺は血涙を流した。


 俺ってば、また覚えてないじゃん、そんな幸せ。


 ちなみに工場で『麗しの君』に抱きしめて励ましてもらったのは、俺がボロボロ泣いていた恥ずかしい姿だったので、残念ながら記憶から抹消することにした。

 あんな情けない抱擁、俺の妄想コレクションに入れられない。


 今回の検査入院にかかる費用は、


「事件に巻き込んでしまったお詫びとして、緒女河家がすべて負担すると言っているから安心して休んでくれていいよ」


と涼が言った。


「それはありがたいんスが、もっと普通の病室はなかったんスか? この個室は、あまりにも落ち着かないっス。……まあ、明日には退院できるからいいけど」

「入学早々で気の毒だが、あと一日辛抱してくれ」


 昨日、俺が運ばれたこの個室は、自宅の俺の部屋の倍はあろうかという広さで、大型テレビ、冷蔵冷凍庫、革張りのソファに、個人用のトイレと浴室まで完備されている、いわゆる超VIP用個室だった。これはもう、贅沢な一人暮らしの部屋だ。


 壁には美術の資料集で見た覚えがあるような絵も飾られている。それが誰の何て絵なのかは知らないが、さきほど明日香がしばらくこの絵に見惚れたあと、深く息を吐いて、


「こんな貴重な絵を二日も独り占めできるなんて羨ましいです」


と言っていた。

 言葉の意味を訊くと、とんでもないことを言われそうなので怖くて聞けなかった。

 とりあえず、絵に触れないように近付かないでおこう。


 しかも、大したケガもないただの検査入院である俺に対し、病院長や内科部長や外科部長や脳神経外科部長やら、役職に「〇〇長」が付く偉そうな人たちが、名刺片手に直々に様子を見にやってきたりするのも正直、気が重かった。グループ創業家直々の紹介患者というだけで、この待遇だ。緒女河家の力をまざまざと見せつけられた気がする。


 そんな俺の愚痴を聞きながら明日香は、わざわざ家から持ってきてくれたというティーセットで紅茶を淹れていた。


「以前、美味しいと言ってくれたので、同じ茶葉のものを淹れました」

「あの紅茶なら大歓迎だよ、ありがとう」


 俺がそう言うと、明日香はあの日と同じ微笑みを浮かべ、紅茶をカップに分けた。

 色々と謎に包まれた少女ではあるが、こうやっていると本当にただの美少女だ。

 でも話がややこしくなるので、いま、この瞬間に樫尾が見舞いに来ないよう俺は祈った。


「警察の取り調べによると、犯人グループは工場にいた三人で全員だったらしい」


 涼が、明日香の淹れた紅茶を受け取ると再び話し始めた。

 ティータイムにはちょっと向かない話題ではあるが、俺も気にはなっていたことだ。


「闇掲示板上で依頼を受けて犯行を行う犯罪代行グループで、今回も依頼を受けて由梨くんを狙ったそうだ。そのため、依頼主は本人たちも分からないと供述している」

「黒幕はわからずじまいってことスか」

「残念ながら」


 言いつつ、涼はカップに口をつける。伏せた目の睫毛が長い。紅茶を飲む姿が絵になりすぎだろ、この成人野郎おっさん


「あと、日曜の我々のスケジュールは、どうやらカメラマンの大出間さんのパソコンがハッキングされて洩れたらしい。緒女河家内のパソコンは随時、チェックが入っているのだが、大出間さんの方はチェックしていなかったからね」


 だから、日曜に由梨が高校にいることを犯人たちが知っていた訳か。

 大出間さんも責任を感じるだろうが、とりあえず全員、無事だったのだ。よかった。



 ――しかし、俺にはまだ聞かなければならないことがあった。

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