カット5 映画映像絵画研究部
ま、それはいいとして、理沙の作るお菓子は幼馴染みの贔屓目を抜きにしても上手だと思う。
さて、理沙からのお礼の提案を受けて由梨は、
「本当に、そんなに気を使わなくても……」
と言いさしたが、ふと、
「あら、そういえば――」
なにやら一人で言い始めた。
そして、理沙の全身を一度上から下まで眺めて、
「そうね、ちょうどいいかもしれないわ!」
笑顔で手を一つ叩くと、
「涼くん。例のパンフレットの件、理沙さんにお願いしてみてはどう?」
涼に何やら提案した。
「ああ、あの件か。なるほど。それはいいね」
涼がそう答えて椅子から立ち上がり、壁面のキャビネットを開けている間、
「理沙さん、トキオさん。まだお時間ありましたら、もう一度椅子にかけてもらえますか?」
と由梨が椅子をすすめたので、俺たちは再び椅子に座った。
「二人は、ここの部室の入口の看板を見たかしら?」
「あ、はい、見ました」
覚えられないほど、長ったらしい名前だったな。
「私と涼くんと、それと今日は来ていない一年生の女子一人と、三人で『映画映像絵画研究部』という部活をやっているんです」
「『映画映像絵画研究部』ですか」
由梨から部の名前を聞いたら一発で覚えられた。我ながら、ホントに現金である。
「そう。もとは私が映画や写真が好きで、昨年、枳高校に入学したときに他の方とそういうお話ができる部活動がないか探したんです。けど、残念ながら『映画研究部』はあるのですが、そこでは写真の話ができる方がいなくて、『写真部』では映画の話があまりできないのです。絵画に関しても、『美術部』はあるのですが」
「……映画や写真の話ができない?」
俺が合いの手を打つ。
「はい、そうなんです。それで涼くんを誘って、この『映画映像絵画研究部』を昨年、二人で発足させたんです」
由梨は笑顔で言った。
「残りの一年生一人も実は僕たちの知人なので、『映画映像絵画研究部』とは言っても、いまのところ友人三人の集まりのようなものだし、まだまだちゃんとした活動はできていないのが正直なところなんだけどね」
涼が由梨の言葉を引き継ぐ。
「昨年なんか、僕と由梨くんの二人しかいないこの部室で映画の話をしたり、DVDの上映会をしたり、好きな写真集を見せ合ったりする程度の活動しかしていなかったぐらいさ。ただ……」
涼はそう言いつつ、俺と理沙の前にパンフレットを置いた。
「あれ、これって」
俺はそのパンフレットに見覚えがあった。
忘れもしない。『麗しの君』を追うきっかけとなった、枳高校の昨年の学校案内パンフレットだ。
「昨年、唯一、活動らしい活動をしたのが、このパンフレットの撮影なんだ」
言われて改めて見てみると、パンフレットの表紙に載っているのは確かに、俺の目の前で爽やかに微笑んでいるクソイケメンではないか。
「恥ずかしながら昨年、僕がモデルをさせてもらった」
それほど恥ずかしくもなさそうに、涼が自分の写った表紙を指さした。
「撮影自体は当然、プロのカメラマンの方がするんですけど、私たちからモデルを提供する代わりに、撮影機材や撮影方法などを横で勉強させてもらったんです。ただ、今年はカメラマンの方から、涼くんだけでなく女子生徒もひとり一緒に撮影したいと言われていて」
「そのモデルを理沙くんにお願いしようと思うんだ」
由梨に続けて言った涼の言葉に、理沙が驚いた。
「私がですか⁉」
「ああ。うちの一年生部員はモデルにできなくてね。そこで、理沙くんからのお礼を受け取る代わりに、君にモデルになってもらえると我々も助かるんだ」
「理沙をモデルにするぐらいなら土偶でも置いた方がマシなんじゃ……ぐえぇ!」
「トキオ。私に殴ってほしいなら、キチンとそう言ってくれれば遠慮なく殴ってあげるわよ」
「バカやろう。そういうセリフは普通、遠慮なく殴る前に言うもんだ」
俺は理沙に殴られた片腹を撫でつつ考えた。
もう一人の女子部員をモデルにできない理由はわからないが、由梨がモデルになれないのはオメガグループ絡みなのだろうと、鈍感な俺でも想像はついた。
緒女河の名前を出すことさえ
理沙も、それには気付いたようだった。断りたいのが本心だが断りにくい……というのがよくわかる顔をしている。
「私たちを助けると思って、お願いできないかしら?」
由梨が両手を揃えて、綺麗に頭を下げた。
この人は姿勢が美しいのか、こういう一つ一つの所作が見る側の心を打つのだな、と俺は思った。
オメガグループ創業家の長女という育ちの良さはあるのだろうが、最終的には由梨の心根の清らかさが態度に滲み出るのだろう。
「トキオ、どうしよう?」
理沙がなぜか、俺に助けを求める。
「理沙。ここまで頼まれて断ったら男がすたるぞ」
「あたしは女です」
「そうだったな。まあ、受けてあげればいいじゃないか。俺も手伝うし」
「え? トキオも撮影、手伝うの?」
理沙の質問に俺が頷いた。
そして由梨に向かって、
「由梨先輩。実は俺も映画や写真に興味があるんです。よかったら俺も、この『映画映像絵画研究部』に入部させてもらえませんか?」
と笑顔で言った。
もちろん俺が「映画や写真に興味がある」なんて出まかせだ。
理沙も、隣で両目を剝いて驚いている。俺が映画や写真なんて興味がないのは、幼馴染みのコイツもよく知っているしな。
それなのに入部を決めたのは、正直、下心だ。
先ほど涼から、昨年一年間、由梨と涼が二人で好きな映画や写真について、この『映画映像絵画研究部』で語り合っていたと聞いて、これはいかんと思った。
いくら二人に恋愛感情がなかったとしても、こんな小さな部室に二人きりでいては何があるかわからない。
今日だって、俺と理沙がこの部室に来なければ、二人でキャッキャウフフと語り合っていたということではないか。そんな羨ま……違う、けしからんこと、お父さんは許しませんよ。
だが、この『映画映像絵画研究部』とやらに俺が入部すれば、活動を通じて自然に由梨とお近づきになれて、由梨と涼の仲も邪魔ができる。まさに一石二鳥ではないか。
「本当ですか! 涼くん、やったわ! 初めて私たちの知り合い以外の方が入部してくれたわよ!」
由梨が満面の笑顔で喜んだ。はしゃぐ姿がクソかわいい。もう天使。大正義。
相手の涼はといえば、俺の入部がそれほど意外ではなかったらしく、名前の通り涼し気に笑いながら、
「ではトキオくん。改めまして、わが『映画映像絵画研究部』略して『えい研』へようこそ」
と右手を差し出して握手を求めてきた。
涼の態度を見ると、なにやら自分の恋心さえうまく利用された気がしないでもなかったが、
「よろしく、先輩」
宣戦布告のつもりで、俺は涼の手を強く握り返したのだった。
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