カット4 バレンタインデー


 これは、今から二か月前。

 カラコー受験直前の、中三のバレンタインデーのときの話だ。


 放課後、同級生や下級生からチョコレートを貰いまくっていた清古を学校に置いて、俺は一人で家路についていた。

 チョコなんか貰える当てのない俺は学校に残っている理由もないし、今年は清古が卒業だから、チョコを渡す側も例年になく殺気立っていたので、あのままアイツを待っていたらいつ帰れるか分からなかったからだ。


 前年のバレンタインデーは、片思いしていた女の子からチョコが貰えなくて凹んだりもしていたが、今年は『麗しの君』に再会するための受験勉強でそれどころではない。

 とっとと帰って参考書でも読んでいようと家路を急いでいたところ、後ろから理沙に声をかけられた。


「どうした、理沙。今日は部活に出ないのか?」


 スポーツ推薦の理沙はすでに枳高校への入学が決定していて、放課後は身体がにぶらないよう、引退したサッカー部の練習に再び参加していたから、この頃は放課後に帰りが一緒になるなんて珍しかった。


「う、うん。今日はちょっと用事があってね。部活には出ないで帰るの」

「へえ、そうか。じゃ、お疲れ」


 用事があるなら急ぐのだろう。俺は理沙を見送ろうとしたが、


「あー、でも急ぎの用事じゃないし、途中までトキオと帰るよ」


と理沙が言うので一緒に帰ることにした。


 ただ、一緒に帰ろうという割には、妙に理沙が上の空で俺は扱いに困った。


「そういえば、おばさん元気か?」


と俺が問いかけても、


「え? なに? 今日の晩ごはんの話?」


と聞いちゃいない。なんなんだよ、コイツ。

 結局、何のために俺を呼びとめたのかわからないまま、俺と理沙の家の分岐点まで来てしまった。


「じゃ、俺、こっちだし」


 俺がそう言って理沙に背を向けたとき、


「ちょっと待って!」


と理沙が俺を呼びとめた。


 なんだよ、まだ俺に用があるのかよ。


 と思っていたら、理沙が自分のデイパックから小箱を取り出して俺に渡してきた。


「どうせトキオは『麗しの君』一筋で、誰からもチョコレートなんかもらえてないんでしょ? 仕方ないからこれでも食べなよ」


 理沙がぶっきら棒に渡してきた小箱は、いつももらっている透明の袋に入れられただけのお菓子と違い、綺麗に箱に入れてラッピングまでされていた。


 バレンタインで配った友チョコでも余ったのだろうか。


「おお、くれるの? サンキュー」


 俺は理沙にお礼を言ってそれを鞄に入れた。


「ホワイトデー、期待してるわよ」


 理沙は何かをやりきったような笑顔で言った。


◇ ◇ ◇


 家に帰って箱を開けてみると、中身はチョコ味のマドレーヌだった。

 俺はそれを、自分がもらったチョコを自宅に置いてから、俺の受験勉強を手伝いに来た清古と一緒に食べた。


「このマドレーヌ、すごく美味しかったな。手作りのようだけど、トキオのお母さんってお菓子作りしたか?」


 マドレーヌと一緒に出した牛乳を飲みながら清古が聞くので、理沙から義理でもらったものだと答えると清古は盛大に牛乳でむせた。


「お前も食べたんだから、ホワイトデーのお返しは清古も参加しろよ」


 俺が清古に言うと、


「俺と一緒に食べたなんて、理沙には絶対に言うなよ!」


とメチャクチャに怒られた。

 ホワイトデーのお返しも、俺は知らないの一点張りだった。


 いくら、もらったチョコが多くてお返しが大変とはいえ、自分も食べたんだから一口噛んでくれてもいいのに。

 意外と清古はケチなヤツだ。


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