カット3 幼馴染み
俺は、居衛戸の言葉によって生じた疑問をぶつけることにした。
「ところで、居衛戸先輩は……」
「僕も涼と名前で呼んでくれていいよ」
「じゃ、涼先輩と呼ばせてもらいます。涼先輩は、なぜそんなに由梨先輩のことに詳しいというか、由梨先輩をまるで身内のように話すんスか?」
昼休みのときから感じている、表だけでなく裏からも由梨を支えるような涼の態度は、ただのクラスメイトという間柄を明らかに越えている。
俺としては、そこらへんの二人の関係を今のうちにハッキリとさせておきたかった。
「由梨くんとは昔からの付き合いなんだ」
涼はサラッと答える。
「昔からの付き合いって言い方も微妙ですね。それは幼馴染みってことですか?」
「幼馴染みといえばそうなんだろうけどね。もともと僕の家と彼女の家にちょっとした繋がりがあるんだ。彼女が生まれたときから、家族ぐるみで緒女河家とは係わりを持たせてもらっている」
「生まれたときから、ですか」
理沙が驚いた。それが事実なら、幼稚園からの幼馴染みである俺と理沙の付き合いの比ではない。
「あ、僕の家が緒女河家と繋がりがあるとはいっても、僕の家はごく普通の家庭だからね」
涼はそういうが、涼の話し方や物腰を見れば、俺とは育ちが違うタイプだとわかる。ましてや、樫尾なぞとは全然違う。
「そういう訳で、僕が由梨くんと同じ枳高校に進学することを知った彼女のご両親から、日頃の関係もあることだし、よろしく頼むよと言われているだけの話さ」
だけの話。
涼のその言い草さえ、俺は気になってしまう。
「では、涼先輩は由梨先輩の彼氏であるという訳ではないんですね?」
俺はあえてストレートに聞いた。
涼は微笑みを崩さず、
「僕と由梨くんはそういう関係ではないよ」
と答えた。
「トキオ、失礼だよ」
理沙が眉をひそめて、俺のブレザーの裾を引いて
確かに、ほぼ初対面である先輩に突っ込むべき話ではないと思うが、ここは重要なので俺も譲ることが出来なかった。
「すいません、変なことを聞いて。でも、答えてくれてありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「気にしなくていいよ。僕から見ても由梨くんは確かに素敵な女性だが、これまでの付き合いもあるからね。ちなみにいま、由梨くんの周りには表立って彼女にアタックしようとする猛者はいない状態だ。トキオくんにはチャンスじゃないかな」
涼の「素敵な女性」という言葉は少し気になるが、今は恋のライバルがいないってことか。これはいい情報をいただいた。
「ただ、その分彼女は恋愛慣れしていないからね。生半可なアタックではOKはおろか、気付いてさえもらえないかもしれないよ」
すぐにこっちのテンションを下げるなよ、このクソイケメン。
俺の心がまた顔に出ていたのか、涼は手を口元に当ててクスクスと笑った。その仕種は、まるで少女のように美しかった。
--この人がライバルでなくて助かったな。
つい、そう思ってしまったあと、そんな弱気でどうする、と自分を叱咤した。
清古が名付けた『暴走機関車』の名が
……別に廃れてもよかった。
その時、部室の扉がノックされ、部室内の三人が一斉に扉に注目した。
「遅くなってごめんなさい」
待ちに待った『麗しの君』こと、緒女河 由梨の登場だ。
数時間前に会ったばかりなのに、また美しくなったのではないだろうか。
由梨が部室に入ってくると、急に部室が華やかになったような気さえした。
「あら。トキオさんに、理沙さんまでいらっしゃってたんですね。どうしたんですか?」
「トキオくんには、昼の件で体調の変化がなかったかどうか聞くために、ここに寄ってもらったんだ。理沙くんは、わざわざ改めて昼間のお礼に来てくれたんだよ」
涼が俺たち二人の代わりに答える。
「昼休みはお騒がせしてすいません。ありがとうございました」
理沙が椅子を立って頭を下げるので、俺も慌ててそれに倣った。
「先ほども言いましたが、そんなに気になさらないでください。お怪我がなくて幸いでした」
由梨が胸の前で両手を合わせて笑顔で答えた。
うん、仕草の一つ一つが可愛い。切り取って俺の部屋に飾っておきたい。
「いえ、そんなわけにはいきません。そうだ、ここに来ればお二人に会えるってわかりましたから、今度、お礼にお菓子を焼いて持ってきます!」
と理沙が言った。
そうそう。意外なのだが、理沙にとってサッカーの次に得意なのがお菓子作りだ。
サッカーの練習が休みの日は、一日家にこもって焼き菓子を焼いたり、ケーキを作ったりしている。中学時代には俺と清古もよく食べさせてもらった。理沙のくせに、お菓子の味は悪くない。
ああ、理沙の手作りお菓子と言えば、こんな話があった。
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