カット2 小市民

 オメガグループは、江戸時代中期に呉服問屋・両替商として財を成し、戦前は国内最大の財閥として政財界を支配していた緒女河財閥が前身となっている。

 第二次大戦後の財閥解体によって政界への影響力は失ったものの、その桁違いの財力にによる経済界への進出はますます多岐に広がり、現在では自動車などの重工業会社に、メガバンク、総合商社の他、食品スーパーや大手コンビニチェーンなども傘下に加える超大型総合グループに成長した。


「およそこの国の人間が手にする物で、緒女河の名がつかぬものはない」


 そう言われるほど、オメガグループは広範に渡って様々な事業を展開している。




 ……という話を、ゴールデンタイムのど真ん中にテレビでイメージCMとして頻繁に流している。そのおかげで、俺もオメガグループについてこれほど詳しく知っているのだ。


「そのとおり。由梨くんはそのオメガグループの創業者一族である緒女河家の長女なんだ」

「マジっスか!」


 俺は驚きつつ、その事実についてしばらく考えた。


 あの巨大なオメガグループの創業家の長女ということは、簡単に言えば超ド級のお嬢様ということか。

 なるほど、それで由梨の立ち居振る舞いや言葉遣いには、育ちの良さから来る気品を感じさせられたんだな。


 うむ、そうか……。


 ……。




「どうしよう! かといって、どうすればいいのか全然想像がつかない!」



 この半年間、『麗しの君』が何者かもわからないまま、ただ、「もう一度、彼女に会いたい」という一心だけで、俺はここまで来たんだぞ?


 その『麗しの君』に遂に会えたという衝撃だけで、俺の頭のOSはメモリ不足ですでにアップアップしていた。

 実際、午後の授業いっぱいを使って、その衝撃から解放され、幸せを再び実感し、ようやく先ほど自己消化できたばかりなのだ。


 それなのに、いきなりそんなド派手な追加情報を与えられても困る。

 オメガグループだとか、その長女だとか言われても、話の規模がデカ過ぎて、小市民の俺にはもうよくわからん。

 なんなら、近所のスーパーマーケットチェーンの社長の息子だった、小四のときの同級生の方がよほど金持ちだったイメージがあるぐらいだ。

 あ、でも、彼のチェーンも、そういえばオメガグループのスーパーに吸収合併されてたな。


 いや、そんな話は今はどうでもいいか。


 ああ! 俺は一体、何を考えているんだ⁉ 落ち着け、トキオ!



 ……しかし、そんなテンパっている俺の様子を見て、居衛戸は満足そうに微笑んだ。


「それでいいんだよ、トキオくん」


 それは、俺を馬鹿にした笑みでは決してなかった。


「由梨くんも緒女河の名に振り回されることを嫌い、ご家族を説得してまで、もともとエスカレーター式に進学予定だった高校ではなく、言い方は悪いかもしれないが、一般家庭の生徒が集まるこの高校を選んだという経緯があるんだ。できればトキオくんたちには今のまま、彼女をあまり特別視しないであげてほしい」

「……だから、緒女河の名を使わないでほしいということですか?」


 理沙が再び尋ねた。


「そうだね。名字の緒女河の名を呼べば、そんなつもりはなかったとしても、どうしても周りはオメガグループを意識してしまうだろう? ちょっと特徴的な苗字だしね」


 確かに、俺でさえ緒女河の名を聞いて、何か引っかかる気がしたぐらいだからな。


「同学年で彼女と接点のある人たちは、すでにみんな名前の方を呼んでいるが、入学してきたばかりの君たちは知らないからね。失礼を承知で直接お願いさせてもらったんだ」


 居衛戸が、頭を下げる。


 ちっ。なんだよ、そんなに素直に頭を下げられたら、反論しようがないじゃないか。


「事情はよくわかりました。先輩を下の名前で呼ぶなんて慣れてないですけど、これから気を付けますよ」


 それが『麗しの君』のためになるというなら全然かまわないし、オメガグループのことを考えなくていいという話ならば、俺にとってもこれほど好都合のことはない。願ったりかなったりだ。


 ただ、居衛戸の話を聞いたことで、俺には逆に気になる点も生まれてしまった。

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