シーン6 トキオ、愛について語る

カット1 素朴な和食

 『麗しの君』に再会し、その後の流れで『えい研』に入部してしまった日の帰り道。

 理沙はそのまま女子サッカー部の練習に向かったので、俺は激動の今日一日を報告しようと、学校帰りに清古の自宅へ寄った。


 俺を出迎えた清古の方は、今日のうちに自分が在学する県立東高校の陸上部を見学して入部を決めてきたそうだ。


「正式な入部は再来週だって。それまでは仮入部扱いで放課後の練習のみ参加。本入部になったら、いよいよ土日練習や朝練も始まるんだとさ」


 ジュースと一緒に持ってきたクッキーをかじりながら清古は言った。


「数か月前までは一番先輩として部でイバっていられたというのに、再びふりだしに戻って一年生からとは辛いのぉ」


 俺がからかっても、


「まあ、覚悟して入部する訳だからな。先輩に敬語でしゃべるってことが久しぶりで、意外と気分は悪くないよ」


清古からは優等生の答えしか返ってこない。

 陸上のこととなると、ホントに爽やかイケメンになる。そりゃ、モテるわ。憎たらしい。

 ま、こういうところが清古のいいところでもあるから仕方ない。


「最近の東高の陸上部ってあんまり名前を聞かないけど強いのか?」

「『古豪』とか『かつての名門校』とか言われちゃうだけあって、ここ数年は目立った成績が残せてないな。でも、昨年入った監督が実績ある人で、これからの指導に期待が持てるんだよ」

「そうか。本格的に部活が始まったら、今日みたいに気軽には会えなくなるかもな」

「練習も結構ハードみたいだよ。ま、望むところだけど」


 清古は一口、ジュースを飲んで、


「しかし、あの『麗しの君』にこれほど簡単に再会できるとは驚いたな」


と自分の話を切り上げて俺に話を振った。


「俺が一番驚いたよ。半年前と同じで、気を失って目が覚めたらいるんだし」

「今朝、『だらしない顔は見せるな』と忠告したはずなのに、その日のうちに気絶顔を『麗しの君』にさらけ出しているとは想像もしなかったな」

「半年で二度も気絶顔を見せてたら、もう恥ずかしいとも思わねぇよ」


 俺がため息をつくと、清古は大笑いした。


「で、これがトキオの恋のライバルか」


 清古が、涼の写った枳高校の入学案内パンフレットを手に取った。


「本人は恋愛関係じゃないとか言ってるけど、仲の良さは端から見てもよくわかるぐらいだしな。ライバルみたいなもんだよ」

「まさか、このパンフレットが『麗しの君』に直接繋がっていたとはな。しかし、確かにこれはイケメンだ。気絶顔のトキオとしてはだいぶ不利だな」

「あれほど女子生徒にキャーキャー言われるイケメンが、本当にこの世にいるとは思わなかったよ」


 そんな男が、俺の片思いの相手と生まれた時から家同士のつながりがあって、しかも昨年一年、狭い部室に二人でキャッキャウフフと語り合っていたというのだ。出遅れてるどころの話じゃない。


「こっちなんて『麗しの君』のことはほぼ知らないし、女子にモテたこともないから、こんなイケメン相手にどうしたらいいかわかんねぇし」


 悩みすぎて、清古の「気絶顔」なんて失礼な言葉さえスルーしてしまうほどだ。

 涼という男の存在が、『麗しの君』との再会を喜ぶ以上に俺を悩ませているのだ。


「トキオはモテないことはないよ。そりゃ、イケメンかイケメンじゃないかと言えば、なんとも言えない味のある顔としか言えないけど」

「励ましたいのか、けなしたいのか、どっちなんだ、おまえは」

「もちろん励ましてるよ。顔だけで選ぶような女の子なら、無理して追いかけるほどでもないだろ? トキオのいい所をキチンと見つけられる子は必ずいるよ」

「そんなもんかな」

「そんなもんだよ。じゃ、『麗しの君』は顔で男を選びそうだって言うのか?」


 清古にそう言われて、俺は真剣に考えてみた。


「由梨先輩は、そんなことしない気がする」

「だろ? ただでさえオメガグループトップのご令嬢なんだから、きっとイケメンなんてウンザリするほど見てきてるよ。それなら、トキオのように普通の顔の方が有利さ。高級フレンチ料理よりも、素朴な和食の方が毎日食べたくなるもんだろ?」

「お前、やっぱりバカにしてるだろ」

「バレたか」


 俺は清古の肩をグーで叩いた。


「冗談だよ。でもトキオは気付いてないけど、お前だって中学の頃、決してモテてなかった訳ではないからな?」

「それはない。小学校から今まで、女子から告白されたことなんか一度もないぞ」


 フラれた経験はあるが、告白されたことなんかない。


「トキオに告白するかどうかは、その子の気持ち次第だから俺も知らないけどさ。例えば、トキオがいつも誰かに恋してばっかりだから、なかなか告白できないって女の子もいたんじゃないかってことだよ」

「俺って中学の頃、そんなに恋してるのが周りにバレやすかったか?」

「バレてるというか、自分で話してたな」

「ん? なんだって?」

「なんでもないよ。これは俺から言う訳にはいかない話だから、これ以上は言えない」


 清古が口をつぐんだので俺は、


「ま、中学の話はどうでもいいんだ。これから俺は、『えい研』で少しでも由梨先輩とお近づきにならなくてはいけないんだからな」


と気持ちを切り替えた。

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