カット4 手作り弁当

 なにやら異様に疲れた中庭の撮影も、ようやく終わったらしい。


「次は校門前の撮影だね。撮影機材を移動するよ」


 大出間に言われ、休む暇もなく俺と清古は指示された荷物を肩に抱えた。

 涼は大出間と一緒に、撮影した写真をカメラのウインドウで確認しているし、理沙は明日香にメイク崩れを直されている。


「荷物運びは、いつの間に俺とトキオだけの仕事になったんだ?」


 清古が珍しくぼやいた。


「ボヤくな。次の校門前の撮影が済めば、由梨先輩とのお昼が待っている。今はそれだけが俺の心の支えだ」

「トキオの心の支えはそれでいいんだろうけど、俺の心の支えはないのか?」

「うるせぇな。上半身の筋力アップとでも思っとけよ」

「だったら負荷が足りねぇよ」


 ちっ。この陸上バカが。


「トキオさん、祐介さん。二人とも大丈夫ですか?」


 俺たちがブツブツ言いながら荷物運びをしていると、後ろから由梨が追いかけてきた。


「もちろん大丈夫です! 心配いりません」


 直前までの愚痴を感じさせない笑顔で俺は答えた。

 隣で清古が吹き出している。笑うなよ、バレるだろ。


「慣れない仕事だから大変でしょう? 撮影機材も高価ですから気を使いますし。よかったら私も何か持ちます」

「由梨さんに荷物を持たせるぐらいなら、トキオは往復してでも荷物運びしますよ」


 清古が俺の代わりに答える。

 その通りだ。さすが清古、俺のことがよく分かっている。


「お力になれず、ごめんなさい。次の撮影が終われば、今日はもう撤収です。お弁当を作ってきましたので、部室に戻ってみんなで食べましょう」

「え! 今日のお弁当って由梨先輩の手作りなんですか⁉」


 俺は思わず声を上げた。

 てっきり、緒女河家御用達の仕出し弁当みたいなものが出てくるのかと思っていた。


「はい。あまり上手ではありませんし、明日香にも手伝ってもらいましたけど」


 明日香も手伝っているって?

 美少女二人の手料理とは、これを役得と言わずになんと言うべきか。

 樫尾が聞いたら血涙流して羨ましがるぞ。


「清古! とっとと荷物を運んで、とっとと撮影を終えて、とっとと昼飯にするぞ!」

「そう言うと思ったよ。りょーかい」


 俺は校門前に駆け出した。コケるなよー、という清古の声が後に聞こえた。


 機材の準備が済むと、速やかに校門前の撮影が始まった。ここでの撮影は、涼と理沙がカメラ目線で正面を向いたポーズの撮影である。

 校門の両脇に一人ずつ並んだ全身の撮影で、いわゆる「引き」の絵だから、ここではレフ板の出番はなし。

 その代わり、校門前の道路を挟んだ反対側の歩道からの撮影なので、俺と清古は両側から来る車両の接近を知らせる役目をすることになった。

 大出間の少し後ろに二人で立ちながら、俺は左から、清古は右から来る車両のチェックだ。


「正門前の撮影は、いかにも学校案内って感じの絵面だな」


 撮影を横目に見ながら、清古が俺に言ってくる。


「さっきの中庭の写真なんて、二人の距離が近すぎて、制服じゃなかったら結婚式場の写真みたいだったぞ」

「へえ、そうだったか。俺はレフ板を持つのに夢中でよくわからなかった」

「その割にはレフ板が随分とフラフラしてたな」

「あ、大出間さん。一台、黒のバンが通ります。……それにしても腹減ったな。早く昼飯にならないかな。」


 都合よく車が一台通ったので、俺はこれ以上、清古に妙なことを突っ込まれないよう話を切り替えた。

 清古は笑いながら、


「少し日が陰ってきたから、もうすぐ終わるかもしれないぞ」


と言った。


 確かに、先ほどから太陽が隠れがちになってきて、少し肌寒くなっていた。そういえば今日は夕方から雨予報が出ていたな。

 大出間もシャッターのタイミングが掴みづらそうに見える。


「ちょっと薄暗くなったな。これまでの写真を確認して、よければここまでにしようか」


 大出間はカメラを下げて自分の車に向かった。車の中にノートパソコンがあって、そこで撮影した写真を確認するらしい。


「とりあえず一度、僕たちも学内に戻ろうか」


 涼の提案で全員、校門から校内へ戻ることにした。

 再び、撮影に戻るかもしれないので荷物はその場に置いたまま、『えい研』のメンバーたちはゾロゾロと校内に戻っていった。


「理沙。お前、ひょっとして寒いのか?」


 俺は前を歩く理沙に声をかけた。

 珍しく、理沙が二の腕の辺りをさすっているのが見えたからだ。


「う、うん。日が陰ってきたからかな」

「なんだ。コートを持ってきてないのか?」

「朝、着てきたんだけど、メイクのときに部室に置いてきちゃった」

「仕方ないな、俺が部室まで取ってきてやるよ」


 俺が走り出そうとしたところに由梨が、


「理沙さん。よかったら、わたしのコートを着てください」


と言ってコートを脱いだ。


「え? でも、由梨さんが寒くなっちゃうじゃないですか」

「私はさっきまで着ていましたから大丈夫です。どうぞ。羽織ってください」


 由梨からコートを手渡され、理沙は遠慮がちに由梨のコートを羽織った。

 由梨のコートを着た理沙は、黒髪のウィッグのせいで、後ろからのパッと見では由梨と区別がつかなくなった。

 この二人は背格好が近いから、正面さえ向かなければ同じ格好をするだけで結構、似ちゃうんだな。『麗しの君』と『サッカーバカ』が似てるなんて、誰が想像つくことやら。


「写真は問題なさそうだ。これで今日の撮影は終了にしようか」


 大出間が車の窓から顔を出して、俺たちの方に声をかけた。

 よっしゃ! 手作り弁当のお時間だ!

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