カット3 メイク

 確かに理沙は、明日香の手によってずいぶん綺麗に仕上げてもらっていた。

 だが、すでに涼と清古の二人が爽やかに褒めてしまった後なので、俺はここで同じように褒めるのが恥ずかしくなってしまい、


「いやー、女子ってメイク一つでうまく化けるもんだな。初対面の人間なら、まるでお嬢様かと勘違いしそうだぜ」


思わずいつもの憎まれ口を叩いてしまった。


「……あっそう。ふん、分かってるわよ。アタシだって似合ってるとは思わないわ。今朝来たら、いきなり明日香さんに連れられて部室でウィッグとメイクをするって言われてビックリしたんだから」


 理沙が口を尖らせて言う。

 それを聞いて明日香が、


「理沙さん、そんなことはありません。とても似合っています。元が素敵だからメイクも映えるんです。ですよね、大出間さん」


カメラの調整を始めていた大出間に声をかけた。


「ああ、僕の要望通りで完璧だよ。居衛戸くんが色白で髪の色も明るいから、隣の女性はロングの黒髪が似合うと思っていたんだ。これは、まさにお似合いのカップルだね」


 カメラのファインダー越しに理沙と涼の二人を見て大出間が答える。


「こんな素敵な女性と並んでプロのカメラマンに撮影されるんだから光栄だな」


 涼が言えば、


「カップルなんて、そんな。恥ずかしいです」


理沙も真っ赤になって言った。


 やれやれ。理沙の奴、みんなから褒められて調子に乗ってやがるな。

 確かに、理沙にしては、ちょっとは綺麗になった。それは認めよう。

 だが、それはあくまで明日香のメイクの力なんだからな。それをまるで、自分が元から綺麗だなどと思ったら大間違いなんだからな。なんだったら、俺だってメイクしたらお前より綺麗になれるんだからな。


 ……。


「いや、俺が綺麗になってどうすんだ」

「ん? なんだ、トキオ。理沙が気になるのか?」


 清古が聞いてきた。なぜか楽しそうだった。


「なんでもねぇよ。理沙のヤツ、なんだか褒められて調子に乗ってるみたいだけど、たまにはいいんじゃねぇの? そんなことよりお前も、余計なことしゃべってねぇで手を動かせ。俺たちは今日、裏方仕事なんだから」

「なんだか不機嫌だな。へいへい、わかりました」


 俺と清古は、黙々と大出間の撮影準備を手伝った。


「オッケー。それじゃあ、撮影に入ろうか。居衛戸くん、青鹿くん、まずはそちらの段差の上に立ってみてくれるかな」


 大出間がモデル二人に声をかける。

 涼は段差に乗ったあと、理沙の方へ素早く手を伸ばし、理沙の手を取ると段差の上へエスコートする。

 俺と清古は、口を開けてそんな二人の姿を見ていた。

 おいおい、段差と言っても、たかだか数センチだぞ? 普段の理沙ならつまずきさえしない高さなのに、理沙の奴も何をしおらしくエスコートされるがままになってやがるんだ。


「見たか、トキオ。あのさりげない仕草を」

「ああ、見た。ああいうのを平気でやるんだ、あのイケメンは」

「すげぇな。あれが本当のイケメンってやつなんだな。俺なんか、まだまだイケメンもどきだ」

「あれで高二だってんだからウンザリするぜ。俺が来年、高二になったって、あんな気障きざなことがスムーズにできるようになっているイメージが湧かねぇよ」


 下働きの俺たちがボヤいていると、


「悪いが、君たち。どちらかがレフ板を持ってくれないか?」


大出間から指示が飛んだ。


「レフ板……ですか?」

「そこの銀色の丸い板だ。それで太陽光をモデルに当ててもらいたいんだ」

「わかりました。じゃ、俺が」


 俺はレフ板を持って涼と理沙のそばに寄った。


「では、美浦くん。腕を上に大きく伸ばしてレフ板の光を高くから二人に向けて当ててくれ。そのままキープできるかい?」

「はい、大丈夫です」


 レフ板は結構風を受けて同じ角度で保つのは思ったよりも大変だったが、俺は平気そうに答えた。


「トキオ、声が震えてるわよ。ホントは大変なんじゃないの?」


 理沙が声をかけてきた。もうバレたか。さすが理沙。


「大丈夫だ。それより大出間さんがカメラ構えているんだから、キチンと前を向け」

「はいはい。わかったわよ」


 理沙が正面を向き直す。


「よーし、それでは何枚か撮るよ。正面を向くよりも二人で向かい合って何か話している方がいいかな。居衛戸くん、青鹿さんに何か話しかけてみて」

「わかりました」


 涼が大出間の指示通り、理沙の方を向いて、なにやら話し始めた。

 風で聞こえにくくなるのか、そのうちに涼は理沙の耳元まで顔を寄せた。

 俺に背中を向けてるので、二人がどんな話をしているのかは聞こえないが、理沙がたまに笑顔で返事をするのは見えた。


 別に俺は、涼と理沙の二人が抱き合おうが、キスしようが、本当にどうでもいいのだが、さっきからレフ板が妙に重く感じるのだけはどうにかならんものだろうか。


「美浦くん、レフ板が二人の方へ傾いてるよ。もう少し上に向けて」

「あい、すいません」


 大出間に注意されて、俺は心を無にするようにした。

 俺はレフ板の一部だ。

 いや! もういっそのこと、俺はレフ板だ!


「居衛戸くん、もう少し青鹿さんに近付いてもいいかな。そうだな、二人の腰が付くぐらいまで近づこう。うん、いいよ! それぐらい! お、青鹿さんもいい表情だ。……おっと、レフ板がまた傾いてきたよ、頑張って」


 あー、もう! なんでこう傾きますかねぇ、このレフ板とやらは!

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