シーン9 トキオ、説明を受ける

カット1 痛み

「だ、大丈夫っス……」


 痛む足を抱えながら涼に返事をしていると、校内から由梨と明日香が走ってきた。


「トキオさん、大丈夫ですか⁉」

「由梨先輩、すいません……ありがとう……ございます。大丈……夫です」


 由梨に心配してもらって嬉しいと普段なら考えているのだろうが、残念ながらそこまで俺も元気ではない。

 15年生きてきて、スタンガンを身体に受けたことなど当然なかったが、こんなに痛いとは思わなかった。アクションドラマでスタンガンを浴びてからすぐ動いている主人公を見たことがあるが、絶対に頭がおかしい。

 それでもズボンの上から電流を浴びたおかげか、足に直接の怪我は負っていないようだ。もし地肌に電撃を受けていたら大怪我や大やけどを負っていたかもしれない。それほどの衝撃だった。

 由梨が駆け寄ってきて俺の足を見る。


「――倒れた際の怪我はないようですし、痛みはスタンガンのショックだけのようですね。これなら五分もすれば痛みは引くはずです。もう少し安静にしていてください。ごめんなさい」


 由梨が謝ることではない。それにしても、ずいぶん冷静な判断だ。

 俺が頷くのを確認すると、由梨は振り向いて涼に、


「涼くん! コートのGPSは追えてますか?」


と尋ねた。


「大丈夫。信号は掴めている。いま、追い始めれば見失うことはない」


 涼がダッシュボードに取り付けられている液晶画面を操作しながら答える。


 コートのGPS?

 理沙が着ていた、由梨のダッフルコートのことか? 


「明日香! 君は助手席へ乗ってくれ!」


 涼の呼びかけに「わかりました」と明日香は素早く応え、助手席のドアを開けてシートに飛び乗るとシートベルトを締めた。


「待って! 私も行きます!」


 由梨が言いながら後部座席のスライドドアを開ける。


「由梨くん、それはダメだ! いくら何でも危険すぎる。部室で待っていてくれ!」


 涼は強く止めたが、


「いいえ! 理沙さんは私の代わりに連れ去られたんです。このまま、ここで待っている訳にはいきません!」


由梨は問答無用で車に乗り込んだ。


 スタンガンの痛みを抱える俺は、次々に交わされる三人の会話に正しくはついていけなかったが、先ほど俺の目の前で何が起きたのかだけは、はっきりと理解した。


 理沙は「誘拐」された。


 しかも、由梨たちの会話から推測するに、犯人の本当の狙いは恐らく、ここに残っているオメガグループ創業家の長女である由梨だ。



 つまり理沙は、のだ。



 やれやれ。『麗しの君』と『サッカーバカ』を間違えるなんて、眼が節穴どころかマンホールじゃないか。こんなドジな誘拐犯、いるか?

 普段は全く似ても似つかない二人なのに、なんでたまたま、理沙がウィッグを被って由梨のコートを着て、二人の雰囲気が似ちゃったときに犯人も来やがるんだ。

 俺は痛む足を抱えながら、犯人たちに心で毒づいた。


「祐介くん。すまないが後をお願いできるかな? トキオくんはまだしばらく動けないだろうし、大出間さんにも事情を説明しなければいけない」


 由梨の説得を諦めた涼が、俺の傍にいる清古に声をかけた。


「わかりました。任せてください。その代わり、理沙をくれぐれもよろしくお願いします」


 清古は頭を下げる。涼が一つ、力強くうなずいた。


「せ、清古……」

「? なんだ、トキオ」


 俺は清古の耳元に口を近付け囁いた。


「は⁉ 本気か、お前!」


 清古の問いに、俺は頷く。

 清古は空を見上げ、一瞬、躊躇した後、大きく息を吸い、


「涼さん、待って下さい! トキオが付いていきたいと言っています!」


運転席のドアを閉めかけた涼に大きく声をかけた。


 清古の言葉に振り向いた涼が、運転席から俺を見おろす。

 そして、こんな緊急事態なのに敢えてゆっくり俺に言った。


「……トキオくん。理沙くんを心配する君の気持ちはよくわかる。しかし、ここは僕たちに任せてくれないか。必ず無事に連れ戻すから」


 その声は、今の緊迫した雰囲気に不釣り合いなほど優しかった。


「そんな状態の君を連れて行っても邪魔になるだけだ」


とは、このイケメンは絶対に言わない。

 本当に心の底から理沙のことを責任もって助けるつもりだし、俺を心配してくれている。チッ、こういう時に限って、このイケメンの優しさが心底理解できるとは。


 しかし――


「任せられないと言っている訳じゃないんス……。ただ、俺も理沙を無事に連れ戻したいだけなんです……」


 ともすれば、スタンガンの痛みで擦れ声しか出なくなりそうになるが、俺は必死に涼が聞こえるよう、声を絞り出した。


 連れて行ってもらったとしても、俺に何ができるかなんて今は考えていない。


 ただ、あのとき、理沙は俺に助けを求めた。俺の名を叫んだ。


 だったら、俺はアイツを助けに行かなくては。


「涼さん。トキオは気持ちが固まったみたいなんで、もう説得は無駄ですよ。こうなったら、この『暴走機関車』は何があろうとその車に乗り込みます」


 清古が俺の横からつけ加えた。

 その通りだ。さすが清古、やっぱりよくわかってる。


 清古は俺の肩を担ぎ、後部座席のシートへ運び込んだ。


「トキオを頼みます」


 後部座席に座る由梨に声をかけ、清古はスライドドアを勢いよく閉めた。

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