ポストクレジットシーン
居衛戸 涼は悩んでいる
ある日の放課後。
「はよえーす」
オレが「おはよう」なのか「お疲れ様」なのか、わからない挨拶を口にしながら「えーけん」の部室の扉を開くと、そこにはオレがこの学校で最も会いたくない
「――ああ、トキオくんか。お疲れさま」
涼は椅子に座ったまま気のない挨拶をオレにすると、ため息をついて視線を下に落とした。
へえ。
このイケメンでも、何やら思い悩むことがあるのか。
オレは涼の顔色を窺いながら、少し意外に思った。
数週間ほど前、ちょっとしたトラブルの際に、この一学年上の先輩が、オレより四つも年上の高二であることを知った。
だが、「緒女河家長女である由梨の周辺警護のため、あえて高校三年間を二度過ごす」と聞いたときは正直、ちょっとこのクソイケメンを見直してしまった。
家庭の事情があるとはいえ、『
ま、オレも同じ立場になれば、まったく同じ選択はしただろうがな!
勝ったと思うなよ⁉
ただ、いくらコイツを見直したからと言って、コイツを好きになるかと言われれば、それは違う。
それは何故かといえば、この男が溜め息をついて憂いの表情を浮かべているだけで、このオレでも背中がゾクゾクしてしまうような美形だからだ。
なんなんだよ、コイツ。
神に愛されすぎだろ、許せん。
「ふう……」
今度は、オレに聞こえるほどのため息をつく。
ああ、ウゼえ。
ウゼえから悩みを聞いて、とっとと解決させてやる。
「さっきから、なんスか、先輩? 悩みでもあるんスか?」
尋ねると、涼は驚いた顔をしてオレの方を見た。
「なんだい、悩みって? 僕に悩みなんかないよ」
コイツ、この期に及んでまだこんなこと言うのか。
「さっきから、聞こえよがしに溜息が聞こえるんスよ! 一体、なんなんスか?」
オレは問い詰めるかのように聞いた。
こんなところで涼の化かし合いに付き合っているヒマはない。
「本当かい? トキオくんに気づかれるほど態度に出ているのは相当よくないな。気を付けないと……」
「なんかスゲえ失礼なこと、言ってません?」
「いや、なんでもないよ。……うん、そうだな。トキオくんに聞いてみてもいいか」
涼は何度かうなずいてから、
「たしかに、ここ一週間ほど悩んでいることがあるんだ」
と白状してきた。
「やっぱりそうだったんスか。で、一体、何をそんなに悩んでるんスか?」
「うん。これまで年齢制限で行けなかったところへ、今度の日曜に行くんだ」
「年齢制限……?」
「ああ。僕も18歳を過ぎてもう二十歳になるからね」
18歳になって行けるところ……?
――ま、まさか!
高校生のオレには行きたくてもいけないところ。
それはひょっとして、レンタルショップTATSUYAの、広げた両手のひらの真ん中に「18」と書かれた絵がプリントされている、赤い暖簾の奥のことではないのか⁉
「な、なるほど。一度は行ってみたいところですものね」
「ああ。でも仕事が忙しくて、日曜当日まで下調べをしているヒマがないんだ」
し、下調べ⁉
やべぇ、コイツはとんだムッツリスケベ野郎ですぞおまわりさんこっちです。
「下調べなんかしなくていいでしょ。そんなものは名前で決めればいいんス。フィーリングですよ」
「ええ! 名前だけで決めるのかい⁉ それで、あとから後悔したりしないかい?」
涼が驚いて尋ねてくる。
なんだ、いったい。
どれだけハズレ引きたくないんだよ。
「どれだけ調べたって、あんなものの中身は表面だけでわからないでしょ。だったら、自分のインスピレーションに任せるのが一番ッス!」
パッケージ写真と実際の映像が違うなんて、よくあるっていうからな。
あ、これは友達の兄貴から聞いた話だ。
オレはちゃんとルールを守って、ああいうのはまだレンタルしたことはないからな!
……ホントだよ?
「うーん。でも、ピンと来るものがなかったら困らないかな」
「そういうのは、その場で考えればいいんです。行って実際に選ぶことに意義があるんですから」
行けば何か借りたいものが見つかるでしょ。
コイツがどれだけマニアでも。
「……でも、たしかにそれは一理あるね。僕みたいな若造は、それぐらいの気安さで選んだ方がいいかもしれない」
「でしょ? そうだと思いますよ」
「ありがとう、トキオくん。少し心が軽くなったよ」
イケメンがキラリと前歯を光らせて笑った。
なに、その2億点スマイル。
AVを借りる相談なのに、イケメンが過ぎる!
「まあ、たしかに先輩の年齢じゃないと入れない場所ですからね。羨ましいです。楽しんで来てください」
「うん、そうするよ。終わったら感想も伝えないとね」
「か、感想⁉ それは別にいいかも」
「?」
◇ ◇ ◇
そして週が明けた月曜。
「やあ、トキオくん」
晴れた空をバックにイケメンスマイル全開の涼が、オレ以外だれも来ていなかった「えいけん」の部室に入ってきた。
「お疲れっス。どうしたんスか、晴れやかな顔をして」
俺も大人だから、興味があろうとなかろうと会話をする程度のコミュニケーションは取るのだ。
「行ってきたよ、昨日。トキオくんに相談した件」
「……おお! 行ったんスか」
AV借りに。
「ああ、朝一でいってきたよ」
「朝一で⁉」
日曜の朝からAVをレンタルするって、このドスケベが。
「目の前にズラッと並んでいるのを見て、インスピレーションで決めたよ! トキオくんの言う通り、誰にするか悩むよりもスッキリした」
「スッキリ……。別に聞きたくねぇ……。ま、いいや。で、今は家にあるんスか?」
「家に? いやいや、その場で渡してきたよ」
「渡してきた⁉ 持って帰ってこなかったんスか?」
「持って帰るわけがないだろう。それでは行った意味がないじゃないか。ちゃんと箱に入れてきたよ」
「
「あ、ああ。名前で選んでから箱に入れてきたよ」
待てよ……?
なにか、オレと涼の間で決定的な齟齬が起きている予感がする。
「なんか、話が食い違ってます。涼先輩、昨日は何に行ってきたんですか?」
「なにって……?」
涼は怪訝な顔をしながら答えた。
「選挙に決まってるだろう? 昨日は県知事選だったじゃないか」
「はあああああ⁉」
知事選挙⁉
たしかにコイツ、18歳だから選挙権あるんだな。
「衆院選・参院選と違って候補者も選びようがなくてね。今回は名前だけのインスピレーションで決めたよ。トキオくんの言うとおり、こういうのは行くことに意義があると思うしね」
「選挙のつもりで言った話じゃねえけど」
「何か言ったかい?」
「別になんでもねっス!」
オレは不貞腐れて言った。
涼は納得いかないような顔をして席についた。
別に、コイツが借りたら又貸ししてもらおうと考えていた訳では決してないんだからな!
ホントだぞ!
だからオレは、こんなオッサン高校生が嫌いなんだ!
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