ラストカット 『暴走機関車』


「この間、部室で『ローマの休日』と『卒業』の話をしたのを覚えていますか?」


 由梨の問いに、


「もちろんです」


俺は答えた。初めて由梨と二人きりで話した時のことだ。忘れる訳がない。


「私はこれまで、緒女河の家に生まれた者の宿命として、自分で選ぶことができない運命があったとしても、それは仕方のないことだと考えてきました。アン王女と新聞記者ジョーの恋が結ばれることがなかったように、お互いの想いだけで人は生きていけないと」


 責任感が強い由梨のことだ。そう考えるのが普通だろうな。


「ですが、中庭で窓から落ちそうになる理沙さんのために必死で走ったり、理沙さんに危害を加えようとする犯人に向かって飛び出したりしていくトキオさんは、とても素敵だなと思いました」

「え? す、素敵、ですか?」


 由梨から、まったく予想もしていなかった単語が出てきた。

 てっきり、何も考えずに行動するバカと思われることも覚悟していたのに。


「もちろん、『ローマの休日』の二人のように、冷静になって周囲の事情を考えることは今でも重要だと思っています。そうでなければいけないときも、もちろんあるでしょう」


 由梨はここで言葉を切ったあと、俺を正面から見据えた。


「でもトキオさんを見ていて、『卒業』のベンジャミンとエレーンのように、たとえ苦難が待ち受けていようとも、好きな人に情熱的に連れ去られてしまうのも素敵かもと考えられるようになりました。だから――」


 なんだ、なんだ、この話の展開は。

 由梨の最後の言葉を待つあいだ、俺は完全にテンパってしまった。


 まさか、一発逆転の『麗しの君』とのキャッキャウフフ展開に発展するのか――⁉





「トキオさんに、あれだけ愛されている理沙さんが羨ましいですわ」


 違 ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ う‼



 なんてこった、神様!

 盛大に勘違いされてるってばよ、俺‼

 たしかに言われてみれば、なんか俺、理沙のために駆け出してばかりいるけど!

 でも、俺が好きなのは『麗しの君』なんですが‼


「ちょ、ちょっと待って下さい! 由梨先輩、聞いてください、それは違います、違うんです、俺が好きなのはですね……」


 慌てて由梨の言葉を訂正しようとしたその時、階段室の扉が大きく音をたてて開いた。


「トキオ! 大丈夫⁉」

「いよお、トキオ! 理沙を誘拐した憎き犯人をぶん殴ってくれたらしいな! お疲れさん!」


 理沙と清古が賑やかに階段室から出てきた。


「キミたち、ややこしくなるから今こないで‼」


 俺は半泣きでツッコんだ。 

 なに、この絶妙なタイミング。やっぱり神様は俺で遊んでるの?

 屋上にいるってメモは由梨宛てに残しただけで、この二人まで来る必要はないんですけど!?


 あまりの展開に茫然とする俺を尻目に、由梨と清古が話し始める。


「お、由梨さんも来てたんですか?」

「ええ。祐介さんも昨日は本当にお疲れさまでした。学校の後処理をお任せしちゃって、本当に申し訳ありません」

「それは全然大丈夫ですよ。大出間さんへの説明だけ大変でしたが。それより由梨さんも、トキオの見舞いなんてするだけムダですよ。コイツは『暴走機関車』なんですから」

「そういえば車に乗り込むとき、トキオさんは祐介さんに『暴走機関車』と呼ばれていましたね。あれは、どういう意味なんですか?」


 由梨が清古に尋ねる。


「ああ、それは、『トキオは目的に向けて一直線しかしない機関車』ってことですよ。レールも関係なく、まっすぐ走るだけの男ですから、。だから心配ご無用ってことです」



 清古の言った言葉に、俺はちょっとひっかかる。



 あれ?

 今の清古の話って、ひょっとして、由梨の能力と俺の特殊な体質の話に関係してる?



 ……。

 まさか、ねぇ。



「でも、清古。トキオ、今回は救急車で運ばれちゃったよ?」


 理沙が横から言ってくる。


「それは、お前が俺に力いっぱい組み付いたせいだろうが!」


 俺は思わず理沙に怒鳴った。


「なによ! 人を怪力みたいに言わないでよ! アタシだって女の子なんだからね!」

「理沙の言う通りだ。トキオ、今のは女性に対する言葉じゃないな」

「なんだ、清古! お前はどっちの味方なんだ?」

「面白そうな方」

「最悪だ!」


 俺たちの遣り取りをみて由梨が、俺が返したハンカチを口元にあててクスクス笑っている。

 清古は目敏めざとく、そのハンカチに気付いた。


「あ! 由梨先輩、トキオからそのハンカチ返してもらったんですか?」

「ええ。今、返してもらったところです」

「コイツ、そのハンカチを返すために枳高校に入学したんですよ。ストーカーみたいですよね」

「おまえ、いくらなんでもストーカーはねぇだろ!」


 俺は、今なら清古を名誉棄損で訴えられると思った。


「でも由梨先輩、その話聞いて、ちょっと引いたでしょ?」


 清古の質問に由梨が、


「そうですね、ちょっと」


と眉をしかめながら答えた。


「マジっすか!」

「ウソですよ、トキオ


 由梨がニコリと笑う。

 それはとても素敵な笑顔ではあったが、もうとっくに告白どころの空気ではなくなってしまった。



 それでも、トキオ「さん」からトキオ「くん」になっただけ、由梨との距離は近づいたのか?

 たった、それだけのことでも嬉しいと思う自分が情けないけど……。



 やれやれ。俺の『麗しの君』への片思いはまだまだ終わりそうにない。




【片思いは つ づ く ……?】






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ここまで「一目惚れした美少女は財閥令嬢でした」をご愛読いただき、ありがとうございました。

本編は一旦、ここで終わりとなります。


ただ、いくつか短編のアイデアもありますので、今後、急にエピソードを追加することもあるかと思います。

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