カット6 財閥令嬢
俺は大声で続ける。
「枳高校で普通の高校生活を満喫して! 『えい研』の活動もしっかり楽しんで! そこで今回のように付け込んでくる相手がいれば徹底的に撃退して! 『こりゃ手出しはムリだ!』って知らしめてやらなきゃ、奴らに負けるようなものじゃないですか!!」
俺は、由梨を引き留めているのではない。由梨の言葉に憤慨していたのだ。
なんで、悪意を前にして、由梨の方がしたいことを我慢しなければいけないのだ。
財閥令嬢だろうが、不思議な力を持っていようが、その前にこの人は、ちょっとおてんばな、ただの高校生ではないか。
悪いのは、由梨の力を悪用しようとする奴らじゃないか。
「悪意に負けてやりたいことを我慢していたら、何のために由梨先輩が枳高校に入学したのかわからなくなっちゃいますよ!」
暴力で何かを得ようとする奴らから身を守るために、怯えて震えていてはダメだ。
それでは、工場の片隅でスタンガン男の怒声にビビって震えていた、あの時の俺と同じではないか。
「俺は由梨先輩に、そんな辛い思いを、させたくありません。いえ。するべきでは、ありません」
俺は由梨を真正面に見据えて、一つずつ噛みしめるように伝えた。
由梨に、あの時の俺のような惨めな思いはさせられないではないか。
「トキオさんの気持ちは嬉しいですが、これ以上、トキオさんを巻き込むわけには……」
由梨の言葉を俺は遮る。
「俺も『えい研』の一員ですよ! 巻き込まれているつもりはありません。それに由梨先輩の力で瞬間移動できる人間は俺しかいないんでしょ? だったら、俺も仲間に入れてください!」
「トキオさん……」
ここで俺は、用意してあったものをポケットから出した。そして、ゆっくりと由梨に近付く。
「だって、俺は由梨先輩に恩返しをしなきゃいけないんですから」
「……恩返し、ですか? 私、トキオさんに恩返ししてもらうようなことをしましたか?」
「はい。あなたは俺の命の恩人なんです。あの時は、俺の命を助けてくれてありがとうございました」
そう言いながら俺は、ジッパー袋に入ったハンカチを取り出して由梨に渡した。
「このハンカチは……」
今朝、俺が入院したと聞いた華瑠先生が枳高校へ出勤前に、クリーニングしたハンカチを見舞いがてら持ってきてくれたのだ。
「去年の夏休みの雨の日、トラックに撥ねられそうになった俺を、瞬間移動で救ってくれたのは由梨先輩ですね?」
「え⁉ あれはトキオさんだったんですか?」
由梨が驚きの声を上げる。
明日香は、俺との約束を守って由梨に内緒にしてくれていたようだ。
昨日まで、あの時トラックに撥ねられなかったのは自分の運が良かったからだと思っていたが、由梨のさっきの話で納得がいった。
「やっぱり由梨先輩が俺の時間を飛ばして、トラックに撥ねられないように瞬間移動させてくれたんですね?」
俺の問いに由梨が頷く。
「偶然、あの交差点に差し掛かった時、自転車に乗った方がトラックの来ている所に飛び込みかけていたので、思わず力を使ってしまいました。ごめんなさい」
ごめんなさいって、そんな。
おかげで、俺は五体無事でここにいるのに。
「いつか、このハンカチをあなたにお返ししたいと思って、俺は枳高校に入学しました」
「ええ⁉ そのために、ですか⁉」
由梨が再び驚きの声を上げる。
「はい、実はそうなんです」
俺も、改めて言ってみて自分で笑えてきた。
「……ありがとうございます」
由梨がハンカチを受け取る。
しばらく感慨深げにハンカチを眺めていた由梨が、
「トキオさんは本当に情熱的な人ですね」
と呟いた。
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