カット2 夕立
その日、俺が何と言って彼女に想いを告げたか。
こんな俺にも多少のプライドってものがあるので、ここには書かない。
とにかく、俺は俺なりの言葉で、
彼女は少し微笑んだような、困ったような表情を浮かべたあとに、
「ごめんなさい。他に好きな人がいるの」
と言って頭を下げた。
その言葉を聞いた瞬間の俺は、「なんだか、ありがちなセリフだな」と、まるで人ごとのように思っていた。
しばらくして、ようやく言葉の意味をすべて理解すると、俺はその場で後ろにブッ倒れそうなほどショックを受けた。
膝周りが冷たくなり、生まれたての小鹿のように足が震えそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。正直、倒れなかった自分を褒めてやりたいほどだった。
こういうときは、ありがちなセリフほどショックがデカいのだと実感した。
◇ ◇ ◇
俺の片思いであったことが判明した彼女と、その後にどんな会話をして、どんな別れの挨拶をしたのか、記憶が全くない。
気付いたときにはすでに、俺は自転車に乗って自分の家へ向かっていた。
帰りの道中、
「他に好きな人がいるのいるのいるのいるのいるのいるの……」
と、彼女の言葉がずっと頭の中でリフレインしていた。
告白の直前まで呑気に、二人が付き合っている妄想をしていたことや、俺が告白した直後の彼女のすまなそうな表情を思い出すたび、恥ずかしくて情けなくて申し訳なくてまた恥ずかしくなって、自転車に乗りながらも俺は悶絶しつづけた。
なるほど。これは、面と向かって告白するやつが絶滅する訳だ。
うまくいけば天国だろうが、フラれた場合のダメージが半端ない。ハイリスクハイリターンにも程がある。
ただ、この時の俺には、フラれたことと同じぐらい心に引っ掛かったことがあった。
彼女には好きな男子がいた。
まあ、百歩譲ってそれはいいとしよう(いや、ホントはよくないんだけどね)。
その幸運な男子が俺でなかったことは大変残念だが、今となっては、彼女の恋がうまくいくことを陰ながら祈ることしか俺にはできない訳だ。
でもそれなら、彼女を好きになり、遠くから彼女を見つめてきたこの一年、俺は何を見ていたのだろうか。
恥を忍んで言えば、正直、告白さえすれば彼女と付き合える可能性は高いと俺は踏んでいた。
そうでなければ、一年間も片思いしていた相手に急に告白しようだなんて、いくら俺でも思わない。
俺と他の男子生徒に対する彼女の距離感の違い。
相談していた友人からのお墨付き。
多少のボディタッチ(これ重要)。
などなど、決して見切り発車なんかではなく、俺なりに石橋を叩いて渡った上での今日の告白のはずだった。
その結果が、
「アナタが必死に叩いていた石橋は隣の橋でしたー!」
というレベルの、見事な今日のフラれっぷりである。
俺なりに真剣に彼女のことを想い、見つめていたあいだ、彼女にも俺と同様に見つめていた男子生徒が存在した事実を気づけなかった俺の目は、どれだけ節穴なのだろうか。
フラれただけでもショックだというのに、まるで俺に足りない何かを突き付けられたようで、気持ちがとても暗くなった。
そんなことを考えながら、物理的にも精神的にも重い自転車のペダルを漕いでいると、急激に雲行きが怪しくなり、たちまち土砂降りとなった。
そういえば朝五時に観たニュースで、今日は夕立の可能性があると言っていたのを思い出した。
――やれやれ、俺は一体、何のために早起きしたんだ?
雨の勢いは強く、雨宿りする間もないまま全身がびしょ濡れになってしまった。お気に入りのTシャツが雨を吸って重くなるのを感じながら、ここまで来たらもう一緒だと、俺はより一層、時間をかけて自転車を漕いだ。
片思いの女性にフラれ、雨にも降られている訳だ。
神様もシャレが効いている。
惜しむらくは、まったく笑えないということぐらいか。
ついてねえなぁ……。
知らぬ間に、チクショウ、と口に出していた。
口に出したら情けないことに涙まで出てきた。
あー! もう、なんなんだよ!
「チクショー!」
と叫んでから、その勢いのままペダルを力一杯踏み込み、ビショ濡れの手首で涙をぬぐった。
その瞬間、
「危ない!」
という少女の甲高い声が聞こえた。
ハッと涙を拭うのをやめて前を見ると、今まさに俺が突っ込もうとしている目の前の交差点に、いつのまにかトラックが進入してきているのが垣間見えた。
ブレーキさえ間に合わなかった。
やっぱり、ついてねえなと思った。
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