カット3 居衛戸の謎
パニック状態でここまで来たから気付いてなかったが、先ほどからこの車を運転しているのは涼だ。
いくら涼が俺の先輩とはいえ、ひと学年上の十七歳では運転免許なんて原付しか取れないはずじゃないか‼
「いくらイケメンが治外法権だからって、無免許運転までしていい訳じゃねぇぞ!」
もう、驚きすぎて自分でも何を言っているのかわからない。
とりあえず、涼の運転をやめさせるしかないが、そうすると俺たちは足を失ってしまい、理沙を追うことが出来ない。
もう、どうしたらいいんだってばよ……。
などと考えていたところに、助手席の明日香から俺の膝の上に何かが投げられてきた。
「お、おい。なんだ、コレ?」
それは俺も入学初日にもらった、枳高校の生徒手帳だった。表紙には「居衛戸 涼」と綺麗な字で持ち主の名前が書かれている。
本人の字だろうか。字まで上手なのかよ、コイツ。
「トキオさん、その中を見てください」
明日香が車の進行方向を見たまま言った。
「なに? この生徒手帳を開けばいいの?」
俺が膝の上に落ちた生徒手帳を開けると、そこには運転免許証が挟まれていた。
その免許に載っている写真は間違いなく、いま、運転席でハンドルを握っているイケメンだし、名前も「居衛戸 涼」と書かれている。
そして免許中央下部の「種類」の項には「普通」「中型」「普自二」「大自二」などの文字がズラリと並んでいた。
「おいおい、こりゃ、偽造免許か⁉ いくらイケメンだからって犯罪までしていい訳じゃねぇんだぞ!」
先ほどと同じようなセリフを俺は叫んだ。
もうイヤ、このイケメン。
これ以上、罪状を増やさないで!
「ちょっと落ち着いてくれ、トキオくん。その免許に書かれている生年月日をちゃんと見てくれないか?」
イケメン犯罪者がハンドルを握りつつ言う。
「は? 生年月日?」
涼に言われて、免許証の生年月日を見る。
誕生日が五月一日。牡牛座だな。
中学三年の片思いの頃、よく星座占いの本を見て性格判断とかしてたから、いまだに生年月日を見ると無意識に星座が頭に浮かんじゃうんだよな。
牡牛座は確か、慎重でマイペースながらも目標に向けて地道な努力を惜しまないタイプ、だったか。
でも、それがどうしたと……。
――あれ?
高二の涼と高一の俺と、生まれた年がだいぶ離れてない?
「僕は今度の誕生日で二十歳になる。学年は君の一つ上だが、年齢は君の四つ上ということだ」
「はあ⁉」
「だから僕がこうしてこの車を運転していることは、日本の交通法規上、何も問題はない訳だ。まぁ、今は多少、スピード超過をしているけど、それは大目に見てくれ」
車はギュギュギュッとコーナー前で減速し、ハンドルを思いっきり切ったあと、再び加速していく。多少のスピード違反……ではないな。
「……なあ。あんた、ホントに一体、何者なんだ?」
俺は、加速していく車のシートに押しつけられながら訊いた。
涼がチラリとバックミラー越しに由梨を見る。由梨がミラーに向けて頷く。それを確認してから、涼は口を開いた。
「では、答えよう。僕と明日香は二人とも、緒女河家で働いている執事とメイドのそれぞれ息子と娘だ」
――何かさっきからおかしなことばかり言い出しましたよ、この人は。
この車に乗ってから、涼の言葉があまりにバカ気過ぎていて俺の頭がついていかない。
「僕は代々、緒女河家に仕える執事の家系である居衛戸家の長男だ。僕で四代目になる」
四代目の執事。
「明日香の方は、いま、緒女河家で住み込みのメイドとして働いているお母さんと一緒に緒女河家内で生活している」
住み込みのメイド。
俺はバカのように、涼の言葉を頭で反芻するしかできなかった。
「執事」だ「メイド」だ、などという言葉をマンガやアニメや秋葉原以外で初めて聞いた。世の中に本当にそういう職業の人がいるとは。
「――すべては私のためなんです」
先ほどまで、俺の中では夢物語にしか存在しなかった執事とメイドなんぞに普段から囲まれているという由梨が、涼の代わりに口を開いた。
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