カット4 春風
「ねえ、トキオ。そこからじゃ話しにくいから、こっちまでおいでよ」
理沙がB校舎入口にいる俺を、自分の方へ手招きする。
しかし、わざわざ理沙のそばまでいくほど俺は暇じゃないし、これだけ人がいたら、理沙のそばまで行っていたらせっかく確保したベンチが他の生徒に奪われそうだ。いい加減、弁当も食いたい。
「面倒だから、いい。ていうか、なんで理沙が二階にいるんだよ」
俺はベンチに腰かけたまま、理沙に訊ねる。
A校舎二階は普通科二年の教室のはずだ。午前のオリエンテーションで、二階は二年生の教室だと聞いて『麗しの君』を探すのに集中していたからよく覚えている。
「私のお弁当、二時限目の休み時間でとっくに食べきっちゃってさ。女子サッカー部の先輩がダイエット中って聞いてたから、お弁当分けてもらいに来たの」
「マジか」
呆れた。
自分の弁当だけでは飽き足らず、先輩の弁当にまで手を付ける気か。
理沙は、自分を囲む生徒たちの方へ向き、俺を指さしながら何か話した。先輩たちに俺のことでも説明しているのだろう。
あの様子だと、サッカー部の先輩たちも春休みを通して理沙の実力はすでに認めているようだ。ま、もともとアイツは敵を作らない性格しているからな。
それにしても、相変わらず理沙はよく食べるんだな。理沙の食欲は恐らく俺の倍は優にあるだろう。
昔からコイツはよく食べた。小学校低学年の頃、理沙の家の晩ごはんに何度か呼ばれたことがある。理沙のお母さんの作るおかずは味が濃い目でご飯がすすむのだが、そのおかずの量に、まず俺は驚いた。うちに出てくる食事の三倍はあったからだ。そして、その量を平気で食べ尽くす理沙にはもっと驚いた。
それでも当時からスポーツ万能で運動量がケタ違いだったからか、理沙には余分な肉がついたことがない。胸にもついてない。
「なんか言った?」
口に出して言っていないはずなのに、理沙はジトッとした目つきで俺を上から見降ろした。
「なんでもねぇよ」
俺が言おうとしたとき、春一番が中庭に吹き込んだ。
風は中庭の地面から空へ向けて、まるでつむじ風のようにうなりを上げて意外と強く舞い上がった。その風にあおられて理沙のスカートのお尻の方がはためき、フワリとこちらに向けて大きくその口を開けようとした。
「キャッ!」
理沙には似合わない女の子らしい悲鳴を上げ、理沙は慌てて後ろ手でスカートを押さえた。
理沙の悲鳴を聞きつけた中庭の生徒たちが一斉に二階の理沙を見上げる。
ほら、みろ。
あんなところに座ってるから、こんな大人数の生徒たちにスカートの中身を見せつけることになるんだ。
ほお、ピンクのレース付か。やはり高校生ともなると選ぶパンツも違うな。
理沙のパンツを久しぶりに拝んで感心していたら、理沙が大きくバランスを崩し、そのまま窓の外に上半身を投げ出しそうになった。
え?
アイツ、落ちるんじゃね?
思ったときには既に、俺はベンチから腰を上げて、理沙がバランスを崩しかけている窓の下へと走り出していた。
周囲の生徒が理沙を見て悲鳴を上げる。
今から走っても、俺が立っていた中庭の入口からではとうてい間に合う距離じゃない。
わかってはいたが、間に合うかどうかの話ではなかった。
身体が勝手に反応して、とにかく理沙の落下地点を目指した。
そして、理沙は窓から落ちた。
「理沙!」
次の瞬間、俺の肩から背中にかけて、ムニッという、これまで俺が感じたことのない何とも柔ら温かい感触がして、直後、その感触に地面まで押しつぶされた。
「痛ーい!」
その感触の主である理沙が、俺の背中の上に尻餅をついて大声で叫んだ。
「そりゃ、俺のセリフだろ……」
断末魔にそう言いながら、俺は気を失った。
俺は広い草原の中で寝転んでいた。
草原は、俺の頭を優しく包んでくれている。
ずっと、このまま横になっていたいほど心地よかった。
草間から素敵な香りがする。
その香りを胸いっぱいに吸い込んでみた。
なんだろう、この香りは。
ずっと吸っていたいのに、胸の奥がギュッと締め付けられるような。
楽しいはずなのに、同時に切なくなるような――。
俺はゆっくりと目を開けた。
『麗しの君』が、そこにいた。
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