カット3 中庭
結局、午前のオリエンテーションの間に『麗しの君』を見つけることは叶わず、昼休みに入った。
なんだか、授業でもなかったのに疲れたなぁ……。
俺は気分転換しようと弁当箱を手に教室を出て、一階の下駄箱で中履きから靴に履き替え、中庭に降りてみた。
A校舎とB校舎、体育館と格技場に囲まれた枳高校の中庭には、何本かの桜の木とベンチが設置されている。文化祭のときは、ここに模擬店が並ぶらしい。
昼休みには弁当や学食のパンを持ち込んで、ここの木陰で昼食をとることが出来るとオリエンテーションで聞いて、さっそく来てみたのだ。
樫尾も誘おうと思ったが、あいつはクラスの女子に必死に話しかけていたので、誘うのは諦めて俺一人で降りてきた。
俺が中庭に着いたころには、すでに結構な数の生徒が中庭に集まっていた。どうやら晴れている日の中庭は人気スポットのようだ。
「こりゃ、完全に出遅れたな」
樫尾を誘おうとしたのが失敗だったか。
仕方がなく俺は、A校舎の入口から真向い側のB校舎入口まで歩いていった。B校舎の入口にはベンチが多めに設置されていて、多少、席の余裕も見えたからだ。
B校舎は八階建てだから、四階建てのA校舎の生徒と比べ、中庭まで降りてくる生徒が少ないのかもしれない。
ようやく座る場所にありつき、弁当の包みを広げようとしたところに、
「トキオ!」
と知った声が俺を呼んだ。
中庭のベンチのどこかに声の主がいると思って捜してみると、
「違う、違う! 向かいのA校舎の二階よ!」
声の主が俺の視線を誘導する。
言われた通り、そのまま視線をA校舎の二階に向けると――
「トキオ! 今日は中庭でお昼食べるの?」
窓からこちらに向けて大きく手を振る美少女がいた。
ショートカットに褐色の肌が健康そうなこの少女の名前は
俺とは幼稚園からの幼馴染だ。腐れ縁ともいう。
幼稚園の保護者会で知り合ったお互いの親が意気投合し、流れで俺たち子供同士も仲良くなるという、幼馴染みのテンプレのような関係だ。小学校低学年ぐらいまでは、よく一緒に遊んだものだ。幼稚園のころには公園で結婚の約束までするほど仲が良かった。甘酸っぱい思い出だ。
思春期を過ぎた辺りから二人でいることを変に意識するようになって、どちらからともなく距離を取るようになった。周囲の男友達に、俺たち二人の仲の良さをからかわれるようになったのも大きかったと思う。親同士の交流は変らず続いていたものの、子供同士は小学校を卒業するころには、ほとんど口も利かなくなっていた。
だが、中学二年で数年ぶりに理沙と同じクラスとなり、その頃から清古を含めて、またボチボチ話すようになった。
今の理沙との関係は、近過ぎず遠過ぎず、一番いい距離感だと思っている。
「理沙、危ないぞ、そんなところで」
中庭の入口から俺は理沙に声をかけた。
数人の女生徒たちに囲まれている理沙は、なんと二階の窓のサッシに腰かけて、振り返るようにしてこちらを見下ろしている。
あんな短いスカートを穿いてるくせに、なんちゅうことをしとるんだ。
「大丈夫。こんなところから落ちるようなドジじゃないもん」
小さな顔に真っ白な歯を見せて理沙は笑うので、
「まあ、それはそうだけどさ」
と俺は答えた。
一般入学した俺と違い、中学時代、女子サッカー部でエースストライカーだった理沙は、スポーツ推薦の特待生としてスポーツ科学科に入るほどの運動神経の持ち主だ。
昨日の入学式で、中学卒業以来、久しぶりに理沙と会ったので近況を報告しあったとき、理沙は春休みのうちからすでに枳高校女子サッカー部の練習に参加していたと聞いた。推薦枠の人間は大変だ。
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