カット3 告白
「これは間違いなく一目惚れだ。よし、告白する」
樫尾が鷺瀬を見ながら言った。
おやおや、何か言い出しましたよ、
ついに頭がおかしくなったのかしら?
――いや、頭は最初からおかしかったか。
鷺瀬は小休止にでも出てきたのだろう。自分のレッスン室の前にいた生徒たちに初めて気付き、その場で立ち止まった。そして、何の表情も浮かべずに、ゆっくりと集団を見回した。
そこでふと、俺は鷺瀬と目が合った。
レッスン室の窓からは遠くて見えなかった鷺瀬の瞳は美しい青色だった。鷺瀬はしばらく、そのまま俺から目を離さなかった。
こんなブロンド美少女にじっと見られていると落ち着かないんだけど……。
しかし鷺瀬は、こっちの気持ちを知ってか知らずか、そのまま黙って俺を見ている。
え? ひょっとして、俺、この子と会ったことあったのかな? 全然、覚えていない。でも、こんな可愛い子に会ったのを忘れることなんてないと思うけど……。
鷺瀬の青い瞳からは、何の感情も受け取ることはできなかった。
ここで、俺の横にいた樫尾が俺を押しのけて鷺瀬の前に歩み出た。その場にいた全員が樫尾に注目する。
「鷺瀬さん、初めまして。俺、普通科一年五組の樫尾って言います」
樫尾が話しかけると、鷺瀬は初めて樫尾に気付いたようにゆっくりと俺から視線を移した。
「鷺瀬さん。あなたの演奏する姿を見て一目惚れしました。俺と付き合ってくれませんか?」
樫尾は一気にそう言い切ると頭を下げた。
こいつ、ホントに告白しやがった。
レッスン室を覗いていた全員が、樫尾と鷺瀬を交互に見ている。
鷺瀬はなかなか答えない。表情はレッスン室を出てきたときから変わった様子もないが……。
あまりに何も言わないので、この子は日本語ができないのではないか、とまで不安になった頃、
「付き合う、とはどういうことでしょう?」
と一言、言った。
彼女の声は少し低かったが、言葉に関しては帰国子女らしい片言ではなく、まるでずっと日本に住んでいたかのような完璧な日本語のイントネーションだった。
「あー、そうだね……。付き合うっていうのは、例えば二人で登下校したりとか、一緒にラウンドワンでボーリングとかカラオケしたりとか、図書館で勉強したりとか、色々することかな」
鷺瀬の質問に、樫尾が答えた。
さては樫尾、その言いっぷりではお前も女の子と付き合ったことないな。俺は樫尾に自分と同じ匂いを感じた。
鷺瀬は樫尾の言葉を咀嚼する間もなく、
「私はそのようなことをする前に他にしなければいけないことが沢山あります。ですので、あなたとお付き合いすることは出来ません」
はっきり答えると、樫尾の横をすり抜けて芸術科の教室に戻っていった。
そのとき、再び鷺瀬が俺を見たような気がしたが、今度は一瞬のことだった。
レッスン室前に集まって樫尾のフラれるところを見守っていた集団は、鷺瀬のあまりにあっさりとした物言いにテンションが下がったのか、なんとなく散り散りとなった。
玉砕した樫尾は、立ったまま死んでいた。
嘘だ。
死んではいないが、魂が抜けたような顔をして棒立ちとなっていた。
「樫尾氏。ナイスガッツでござった……」
七厨が樫尾を励ました。
七厨の言葉に我を取り戻した樫尾が、
「くそっ! やはり、指を酷使するボーリングなんかにピアニストを誘ったのが失敗だったか!」
と悔しがった。
「樫尾……」
多分、そうじゃないよ。
「まあ、ブロンド巨乳は惜しいが仕方ないな。次だ、次」
だが樫尾は、すぐにさっぱりとした口調で言い出した。
「なんだ。ずいぶんと切り替えが早いな」
俺は呆れて言った。
「当たり前だろ? 俺はかわいい彼女をゲットしてバラ色の高校生活を送るのが目標だからな。グズグズしてたら高校三年なんてすぐ終わっちまうぞ。俺は中学生活のリベンジを、このカラコーで果たすつもりで入学したんだ」
「中学時代のお前に、何があったんだよ」
「それは聞くな!」
「そうでござる!」
樫尾と七厨が再び手を握り頷き合っていた。
その辺りに樫尾の高校デビューの理由がありそうだが、まあ、それはいい。
「しかし、ホントに告白するとは思わなかったよ。あんなに人が集まっている前で」
なんなんだ、そのクソ度胸は。
「なんでだよ。好きだったら告白するしかないだろ? グズグズしていて、他の生徒に先手を打たれたらどうするんだ」
樫尾の返事に、俺は自分が忠告されたような気持ちになった。
確かに俺も半年前、その結論に達したんだ。だからこそ、受験勉強を頑張って、この
『麗しの君』にも再会できたし、俺も根性を決めて告白しないと。
それに気づかせてくれた樫尾には、少しだけ感謝かもしれない。
「よし、七厨氏! 次のターゲットは?」
樫尾が七厨に聞く。
「もうリストアップ済みでござるよ、樫尾氏! 女子サッカー部に今年、スポーツ推薦で入学した可愛い子がいると情報が入っているでござる」
「女子サッカー部に推薦で入学だって?」
俺は嫌な予感がした。
「よし、七厨氏。次はサッカーグラウンドだ! トキオはどうする?」
「俺はいい加減、自分の用事に向かうよ」
俺、多分、その子知ってるし。
「そうか、じゃあまた明日な」
樫尾と七厨は階段を駆け下りていった。元気な奴らだ。
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