カット4 三十三号室

 俺は樫尾と別れたあと、B校舎の八階から二階へ降りて来た。


 オリエンテーションの時にもらった校内案内図によると、三十三号室はB校舎の二階のはずだ。

 ちなみにB校舎で「〇号室」とつく部屋は、文化部や同好会の部室として使われている部屋だと、午前中のオリエンテーションで華瑠先生から聞いている。

 居衛戸が『麗しの君』も来ると言っていたが、彼女の入部している文化部の部室でもあるのだろうか?


 まあ、とりあえず行ってみればわかるか。

 そんなことを考えていると階段の方から、


「トキオ!」


と俺を呼びとめる声がする。

 振り向くと、理沙が階段を駆け上がってきた。


「おお、これはこれは。お昼に命の恩人の俺を置き去りにして、とっとと自分の教室に走っていった理沙さんではないですか」

「そんな言い方しないでよ。仕方ないでしょ、入学早々、授業に遅れる訳にはいかないし」


 言い訳をしながら理沙は俺の隣まで来て、


「でも、こう言っちゃ悪いけど、トキオも居衛戸さんに『足には自信がある』とかドヤってた割には全然足遅かったよ?」


と言った。


 そうなのだ。

 中庭でクソイケメンと別れたあと、俺は理沙の後を追って階段を駆け上がったのだが、理沙にはあっという間に引き離されるし、四階に着いてみれば今度は酸欠で目の前に星が舞って、しばらく踊り場に座り込んでしまったのだ。

 結局、授業には五分ほど遅れてしまい、教科の先生からさっそく目をつけられてしまった。


「だよな。俺もビックリした。全然、足早くねぇよ、俺」

「あんた、ホントになに言ってんの?」


 自分でもわからん。


「ね、それより、トキオは今から居衛戸さんに言われた部室にいくの?」

「ああ、そのつもりだけど」

「わたしも一緒に行っていい?」

「構わないけど、サッカー部の練習はいいのか?」

「ちょっと遅れるって先輩に伝えてきた。私も改めてさっきの二人に、お昼のときのお礼が言いたいし」

「さよか。じゃ、一緒にいくか」


 樫尾。お前が見に行った女子サッカー部の女の子は今日、練習に遅刻するそうだぞ。


◇ ◇ ◇


 B校舎二階には階段の手前から奥に向かって、廊下を挟んだ左右にズラッと扉が並んでいた。

 扉には手前から、部屋番号と一緒に「1 軽音部」「5 美術部」「7 放送部」など、定番文化部の名前が扉の真ん中のプレートに書かれている。番号は奥に行くほど多くなっているので、三十三号室はまだ先ということか。


 まだ新年度も始まったばかりとあってか、活動している部もあまりないらしい。二階は思っていたよりも静かだった。


「中学と違って、色んな文化部があるんだね」


 理沙が、一つ一つの看板を口に出して読みつつ言った。


「全校生徒で三千人もいるんだぞ? そりゃ、いろんな趣味の人間がいるさ」


 俺もその部屋数の多さに圧倒されながらも答える。

「22 古典部」「27 ラジオ体操部」「29 UMA部」……。

 なんか奥へ行くにつれて怪しい名前が並んできた。

 そうして、ようやく三十三号室の前にたどり着いた俺と理沙は、その扉を見た。

 三十三号室。その部屋番号の下には、



「33 映画映像絵画研究部」


と書かれたプレートが貼られていた。

 思わず俺と理沙は目を合わせる。


「ここ……だよね?」

「ここ……だろうな」


 周囲の怪しげな部活名に比べて武骨ではあるが、映画に映像に絵画って、何やら取っ散らかった名前だな。


「じゃ、トキオ。どうぞ」


 理沙が扉の前から一歩引き、サクッと俺にバトンを渡してきた。

 コイツ……とは思ったものの、ここで二人、いつまでもこのまま立っていても意味がない。

 俺は意を決し三十三号室の扉を二回、ノックした。


「どうぞ」


 中から、あの忌々しいイケメンの声が聞こえた。どうやら部室は間違いないらしい。


「失礼します」


と言って、俺は三十三号室のドアを引いた。

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