第56話 閑話
「ねぇねぇ甲斐クン。彼女さんの好きなところはどんなところ? やっぱり顔か、顔なのか! 彼女さんお人形さんみたいだもんね! 甲斐クンとしても鼻が高いもんね!」
「……」
腕の良い医師により手術も成功し、着々とリハビリをこなしていたある日。
個室のベッドで休んでいる斗真はオモチャにされていた。……若い看護師によって。
「あの……自分にちょっかいをかける暇ってあるんですか? 看護師さんの仕事は膨大だって聞きますよ」
「これでもスパパパって組まれた仕事を終わらせてきたんだよ。だから今は少し余裕がある! あ、『お仕事頑張ったね〜』って褒めてくれてもいいんだよ?」
ニッコニコしながら、来客用の椅子に座ってくる若い斗真の担当看護師。
「もう一つ言うと、患者さんとコミュニケーションを取るのだって仕事のうちなんだから」
「いや、恋バナを聞きたいって口実じゃないですかそれ……」
「そうとも言うけど……。ねぇねぇ、減るものじゃないし特別に教えてよ! 恋の話って活力が出るんだよ。もう甘いやつお願い!」
「栄養ドリンクでも飲んでください」
「アレは恋のお話よりも即効性がないでしょう? それにタダで効果が出るんだから一石二鳥だよね。恋のお話の方が!」
ゴリ押しである。それでいて話しやすい、話してしまいたくなる雰囲気をこの看護師は持ち合わせている。
仕事柄、患者とコミュニケーションを取っている時間が多いのだろう、コミュニケーション能力は化け物じみている。
「彼女さんの好きなところはどんなところかな? ね、ね?」
「……いろいろですよ」
「いろいろって!? そのいろいろが聞きたいの!」
瞳をダイヤのように輝かせ、前のめりになっている看護師。
もしこの現場を院長に見られたのなら、絶対に怒られることだろう。
「だ、だから……その、口じゃ説明できないくらいにあるんですよ……」
斗真は折れた。看護師の押しに。
それでいて、この看護師にしか聞かれることはない。そんな気持ちがあったからこそ素直に言えるのだ。
「た、退院出来たら絶対友達に自慢するし……」
看護師から視線を逸らしながら、ボソっと声に出す。
「かぁ〜! 『退院出来たら絶対友達に自慢するし……』ねぇ! 初々しい! なんて初々しいのか!」
「復唱しないでください! あの……お酒は飲んでませんよね?」
テンションがおかしいのは見ての通り。こんな調子の看護師はなかなかお目にかかることはできないだろう。
一般的な看護師は落ち着きを払っているのだから。
「あーもうお腹いっぱい! 甘い!」
『お酒は飲んでませんよね?』
もう斗真の話すら聞いていない。問いは無視である。
「じゃあ最後に一つだけ! 彼女さんのこと、
急転換するようにニンマリとした顔でそう聞いてくる。
無視しておいて自分勝手である。
「大好きじゃなきゃ付き合ってませんよ」
「あえて大好きと答えましたかこの患者さんは! ノロケよって!」
『ベシッ!』
看護師はツッコミを入れるように叩く。手術個所を
「ちょっ、そこ手術した場所ですって!」
ただ、そこは看護師らしい? 対応だ。ちゃんと力の配分が出来ている。触れる瞬間に力を緩めてくれていた。
「それじゃ、そろそろ仕事に戻るね甲斐くん。院長に怒られちゃヤダし」
「は、はい。頑張ってください」
「もちろん! あ、それと……ね」
「ん?」
「いっぱーい楽しんでね!」
「え?」
意味深に言葉を残した看護師は個室の扉を
「お、お……。閉めないってむちゃくちゃだな……」
あの看護師の性格を含めたらそれもおかしなことではない。それでいて怒る気にもならない。
あの元気な性格に救われた人がたくさんいるのだろうと思ったのだ。現に斗真もその一人なのである。
「まぁ、扉は閉めてほしかったけど……」
この廊下を通り行く患者や看護師に見られることになる。
ただベッドに横になっていたり、お見舞いでもらった漫画や小説、スマホを見たりするだけだが、プライベート空間を見られるというのはやはり恥ずかしい。
「おいしょ」
スリッパを履いて立ち上がった途端だった。
先に細く白い手が廊下側から伸び、ひょこっとある者が顔を出す。
……この瞬間にあの看護師が謀ったことを斗真は悟った。
「こ、こんにちは……斗真くん」
「み、澪さん!?」
看護師との話の中心人物だった彼女、澪が廊下控えていたのである……。
さっきの会話を間違いなく聞いていたのだろう。顔を真っ赤にしながら病室に入ってくる。
「あの、き、聞いて……ましたよね……? 絶対。さ、さっきの会話……」
「だ、大好きなのね。斗真くんは私のこと……」
「そ、そうですけど? も、文句ありますか?」
「ううん、嬉しい」
投げやりの斗真に対し、首を横に振って恥ずかしそうにしながら満面の笑みで澪は答える。
これは彼女になってから良く見せてくれる表情でもあった。
最近、この病院に噂が生まれている。めっちゃ美人な女性がいる……と。
それはもちろん澪のことで……そんな噂の彼女がお見舞いに来てくれる。二人っきりで話してくれる。時間を割いてくれている。
大変なリハビリを頑張れるのは、澪のおかげでもあった。
「でも、嫉妬しちゃうわね。あの看護師さんに」
「嫉妬?」
「斗真くんはあの看護師さんにだけ素直でしょう? 私に『大好き』だって少ししか言ってくれないじゃない」
「そ、それは……恥ずかしいんですよ。って、澪さんも言わないじゃないですか」
「わ、私のことはいいのよ。今は斗真くんの話をしているの」
「無茶苦茶だ……」
澪と付き合って一週間が過ぎた。
斗真の口調に丁寧語はなくなりつつあった。距離感が縮まったおかげでもあり、澪が彼女になったからでもある。
「キングオブコントで優勝したとある三人組のコント師は芸中に言っていたわ。『気持ちだけじゃダメだ。言葉でも愛してやれ』って」
「……」
「……」
「…………」
「な、なんで無言になるのよ……。ならないでよ……。恥ずかしいじゃない……」
コント師が言っていたネタをクールに言ってのけた澪だが、じわじわと羞恥が襲ってきたのだろう、挙動不審になって視線を
どこか必死な澪に斗真は頰を掻きながらしっかりと思いに答えた。
「……好き、ですよ」
「もっと。要求……するわ」
「だ、大好きです」
「もっと」
「え、あ……だ、大好きです。み、澪さん……」
「もっと」
「なっ!?」
『もっと』の言葉に、どんどんとたじろぐ斗真。
「ちょ、もっとって……もう、これ以上は……その……」
「昨日、言ってくれたじゃない。私のこと、『澪』って。だから……それも言って」
「あ、あれは……言わされたって言うか」
昨日のこと……澪は斗真に意地悪をかけていたのだ。
呼び捨てで呼んでくれたら、『まだ病室にいてあげる』と。
結局、呼んでしまったわけだ。恋人と一緒にいたいとの感情には負けてしまう。当然だ。
斗真はいつも澪にしてやられる。上手くお付き合いが続けば、これはこの先も続いていくのだろう。
「む、言わされた? もう帰っちゃおうかしら」
「ちょ、昨日今日でその技使うのはズルいですって」
「じゃあ言ってくれる?」
「わ、分かりましたよ……」
「うんっ、じゃあ10秒後にお願いしようかしら」
「心の準備をくれるあたり優しいですね」
「寛大な彼女に感謝しなさい」
1、2……、
もう言わなきゃいけない状況になってしまっている。もし、これを言わなくても澪は帰らないだろうが彼氏として叶えたい気持ちがあるのだ。
……5、6、7……、
酸素をたっぷりと吸い込む深呼吸。
8、9……、
覚悟が決まった最中……やられたのだ。
「斗真、大好き……」
「みッッ!?」
ひらがなの一つ。みおの『み』を口に出した時、声を被せるようにした先手打ちを。
「ふふっ、変な声ね」
「そ、なっ、え……」
澪の声は届いた。届いてしまったからこそこうも動揺が浮かんでいる。
「たまには……私から
まだ指で数える程度しか言われていない名前の呼び捨て。100kgのハンマーで殴るほどの破壊力があった……。
「もう、無理です……」
「む、無理ってそれはずるいわよっ!」
なんて甘いやり取りを……あの若い看護師は扉越しに頷きながら聞いているのであった。
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