第58話 8年後のクリスマス②
恋人繋ぎをしていたり、腕を組んでいたり、肩を抱き寄せていたりと。
夜間における風景などを作り出している電光飾が一面に広がった街中はカップルの
この光景を見たクリぼっちの精神を崩壊させてしまうほど、熱々なオーラが溢れかえっていた。
「イチャついてる人ばっかりだなぁ……本当。流石はクリスマスだよ」
「皆んなして見せつけちゃって……。ホント呆れるわよね」
「とか言って俺の腰に腕を回してる人はどこのどなたですかね」
斗真は一回り身長の小さい澪に上からの目線、呆れた顔を見せているも、長いマフラーは二人の首に巻かれている。
なかなかの見せつけぶりである。
「だって斗真くんが私の肩に腕回してくれなかったんだもの。家を出る前に約束していたのに」
「あ、……すまん、今思い出した」
「全くもぅ……。いつしてくれるのかずっと期待して待っていたのよ? してくれないから私からこうしたのだから」
「わ、悪い悪い」
斗真は本気で忘れていた。肩に腕を回して歩く約束をしていたことに。
だが、それも仕方がないこと。斗真の右ポケットにはあの指輪が入った箱が入っている。
覚悟の時間が刻々と迫ってきていることで心に余裕がなかったのだ。
「でも……今日はこれ以上怒らないであげる。こうして周りの人を見たら、私が斗真くんに甘えたくなったから……」
「俺の彼女さんはいつの間にそんな甘えん坊になったんだか。付き合った当時は全然違ったのに」
「し、仕方がないじゃない……。看護師の職に就いてからはヤなこと増えたのだから。ストレスが溜まって癒しが欲しくなるのよ」
「……ん?」
それは澪がさぞ当たり前に言ったこと。しかし、彼氏である斗真からすれば引っかかりを覚える言葉でもある。
「おい、澪は職場で嫌なことされてるのか?」
斗真の顔が一段と険しくなる。
「看護師さんって患者さんからのセクハラされることも少なくないのよ? 言ってなかったかしら。生々しいお話をすれば、お尻を触られたり、血圧測定の時に手のひらを舐められたり、一緒にお風呂はいらない? とか言われたり射○管理してほしいとか言われたり」
「おい、どこのどいつだそれしてんのは」
ピキピキと青筋が額に浮かぶ。これを聞いて怒らない彼氏は愛していない証拠と言えるだろう。
「怒らないの。今日はクリスマスよ?」
「クリスマス関係なく怒るだろ。大事な彼女がそんなことされてんだから。特に最初の二つが許せない。あと最後、いや全部だ」
「ふふっ、安心して。これは職場仲間から聞いた話で私はちゃんと躱しているわ」
「本当だろうな……?」
「本当だけれど……仕方がないのもあるわよ? たまに手を触れられたり、○精管理をしてくれとか言われたりは……」
「やられちゃってるじゃん……。クソ。患者はやりたい放題かよ……。マジなんなんだよ。患者は看護師さんにお世話してもらってるんだから、それなりの誠意を見せなきゃダメだろ」
『アー!』っと胸糞悪いように頭を掻く斗真。やりきれない感情がそこにはあるのだ。
「でも、不快だから私もやられっぱなしじゃないわよ? 『彼氏のおてての方が何倍も魅力的ね』なんて言ったり、『彼氏の射精管理で忙しいの。あなたのモノになんて触りたくもないわ』とも言うし」
「ん、え、ハァ!?」
「汚い言葉を吐いてお仕事をクビになったとしても別に構わないもの。そこで病院の評価が落ちたとしても、私の文句を言ってきたとしても、斗真くんと一緒に過ごせるのなら」
「澪……」
澪はぽっと顔を赤く染めて斗真に寄り添った。澪が一番失いたくないものは職場ではなく、斗真という一人の彼氏。想うという一途さならどこの誰にも負けないのである。
「た、確かに今の仕事をやめたのならセクハラもなくなるだろうし……俺も安心するけどさ? 澪の力を必要としてる患者さんは多いんだし、夢だった職業を簡単にやめて欲しくはないよ……俺は。もちろん、やり甲斐や楽しさを感じないんなら別の道は考えた方が良いけど——」
『そうじゃないんだろ?』と、澪のことは全て分かっているように目で訴えた。
いや、同棲しているからこそ斗真は確信していた。毎日楽しそうに職場に向かう澪を見ているのだから。
「と、斗真くんってホント変わらないわよね。……今も昔もズルいことばっかり言って」
「え? 何がズルいって?」
「ううん、なんでもない……」
彼女が患者からセクハラを受けているなんて事実は誰だって嫌なはずである。それでも澪のことを一番に考えての選択をしてくれる斗真。
『こんな素敵な彼氏なかなかいないわよねっ?』
と、彼氏が出来た数が人生の中で1の澪だが、周辺にいるカップルにドヤ顔をかましていた。勝手極まりないが優越感の最上位に浸っているのである。
「それより、斗真くんこそ塾でセクハラされたりしていないでしょうね。若い女性に。
「いや、俺がされるわけないだろ。されるよりもする方だ」
「……え? 斗真くん。されるよりもする方って……どう言うことかしら」
言葉足らずからの問題発言である。
『ゴゴゴゴゴ!』 との威圧が斗真に降りかかる。
「あっ、いや違うぞ!? 俺がしてるわけじゃなくて、講師が生徒にセクハラするってのが世間一般的に見ての当たり前だろ!?」
「そう言うこと……。でも、斗真くんはすごく人気だからされている可能性の方が高いでしょう?」
「いや、本当にされてないって。生徒が良い点数取った時にハイタッチとかはする——」
「え?」
「ん、あ……っと……」
次に降りかかってきたのは『ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ!』との重圧であった。
澪の地雷を踏んでしまったとこの時に察す。
「斗真くんは私という彼女がいるのにも関わらず、別の、若い女性と肌を触れ合わせるというスキンシップを取っているのかしら」
「いや、生徒からしてくるんだよ。そうなったら無視するわけにはいかないだろ!? 講師の立場としては」
「も、もぅ……。そ、そうだけれど、そうだけれど……モヤモヤするのよ」
こちらもまたやりきれない気持ちになってしまう澪。
澪は複雑そうな顔をしたまま斗真の腰に回した腕を解いた。
そして——
「斗真くんは私のモノなんだから勝手に上書きされないでよ……。私が絶対に一番なんだから……」
歩くたびに揺れる斗真の左手を右手でぎゅっと握り、斗真の腕に左腕を思いっきり絡めた。言葉通りの上書きである。
「分かった……?」
上目遣いで釘打ちである。
「分かった分かった……ぷっ」
「な、なんで笑うのよ……。私は心配の真っ最中なのに。これだから人気のある彼氏はヤなのよ……」
「ごめんごめん。今じゃ俺より嫉妬深くなってたんだなってさ」
今でもトキめくこの行動だが、斗真は面白おかしく感じていた。
「悪い……?」
「いや、そのぐらい大事にされて嬉しいよ」
「あ、当たり前でしょ。誰よ私の体を散々
「……あのさ、それは俺が言うセリフでもあるだろ? ソッチの誘う回数、完全に澪の方が多いし」
「良いでしょう別に……」
「ま、まぁ……な」
話題が話題。ここで初めてお互いがぎこちなくなる。
「ってか、こんな公然で話すことでもないよな!? さっき別のカップルさんに振り返られたし……。絶対話の内容聞かれたって!」
「どうせ今日はあの人たちも聖夜の性夜になるのだし、気にするだけ損よ」
「み、澪……さん? 今日はどうしたんですかね。ヤケにいろいろ言うじゃないですか」
「自宅に帰ったら寝かさないから。それだけ覚えておいて」
一瞬で気持ちの切り替えを見せる澪。ここは昔から相変わらずでクールな顔で言いのけた。
「明日、お互いに仕事だよ……? 絶対にしない方はいいって」
「高い栄養ドリンクでも買っておけば大丈夫よ。それじゃあお買い物して早く帰りましょう?」
「えっとさ……買い物の終わった後なんだけど、1箇所寄りたいところあるんだよね」
「別に良いけれど……その代わりこの約束は覚えておいて。いいわね?」
「わ、分かったよ」
そうして二人は、ローストチキン、ピザなどクリスマスを感じさせる商品をスーパーマーケットで購入する。
あとは、これからのための箱に入った高い栄養ドリンクも……。
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