第59話 8年後のクリスマス③

「斗真くん、荷物重くはない?」

「澪に袋一つ持ってもらってるから大丈夫」

「そ、そう言うことじゃなくって斗真くんの方は飲み物とか重いものばかり入ってるじゃない」


 澪は口を開けて呆気に取られた顔を見せた後、気を取り直して分かりやすいように言う。


「あぁ、そっちか。重くないわけじゃないけど苦じゃないよ」

「8年経ってもソコは変わらなかったわね。人には気遣えるのに、気遣われたようなことになるとすっごく鈍くなって。赤の他人ならまだしも、彼女の私に気遣い過ぎ、、は疲れない?」

「重い荷物を持つのは当たり前のことだって。澪がボディビルとかしていれば荷物は任せてるよ」


 斗真が当たり前と言う理由はただ一つ。筋力が澪よりもあるからだ。

 力のない方に持たせ、負担をかけさせる。こんなことを彼女にさせるのは邪道中の邪道である。


「それなら私、ボディビルを始めようかしら。斗真くんに頼ってばかりじゃ年上のメンツが立たないでしょう?」

「ちゃんと荷物持ってくれてるし、料理とか家事もしてくれるんだから十分立ってるよ」

「こうした荷物も家事も分担だけれど?」

「お互い仕事してるんだから片方に任せることはしないよ。って、澪とずっといる俺が年上のメンツが立ってるって言うんだから間違いないよ」

「ふふっ、確かな説得力ね。……私って本当に幸せ者だわ」

「ど、どうしたいきなり!?」


 ピザやケーキの入った袋をぶらぶら揺らしながら澪は噛みしめるように口にする。

 形くずれをしてしまうために並行になるようにして運ばなければいけないものだが……忘れているのだろう。嬉しそうに微笑んでいるその顔が物語っている。


「看護師って女性社会に近いところがあるでしょう? だから良く聞くのよ、旦那さんの悪口とか不満を」

「た、例えば……って聞いていい?」

 これは勉強でもある。もし、旦那さんになった時に。聞いておいて損する話ではない。


「掻い摘んで話すけれど、家事を手伝ってくれない。夫がだらしない。お金の使い方に不満。子育てに協力的じゃない。とか。因みに不満の第一位が一番最初に言ったことね」

「ま、まぁ……仕事がめっちゃ忙しい日もあるだろうし、家事が出来ない日もあるだろうけど……少しくらいは手伝わない奥さん可哀想だよなぁ……」

私の、、斗真くんは職場で人気なのよ? 連れてきてって言われてるくらいに」

「え? なんでそんなことになってるの?」


 斗真はとぼけているわけでは無い。初耳であった。


「私が自慢しているからだけど? 本人に言うのは恥ずかしいから……内容は言わないけれど」

「とんでもなく誇張こちょうされた事を流されてるような気がするんだが……」

「ふふっ、どうでしょう。そんなわけで私は不満が少ないのでしょうね。斗真くんは家事もお手伝いしてくれるし、だらしなくもないし、子どもも今はいないから」

「ちょ、待って!? 不満少ないってことは……不満はあるってことじゃないか……?」


 彼氏としては絶対に放ってはおけない言葉。これに気を取られてもう一つ、彼氏として気づかなければいけなかったワードも飛び出している。


『子どもも今は、、いない』

 まるで、時が経てば違うと言わんばかりのことを。


「不満はあるわよ? 同棲もしているのだし無いわけがないじゃない」

「お、教えてもらっていい? その不満っての……。直せることは直すからさ」

「その言葉、本当でしょうね」

「そうだけど……」

「なら言わせてもらうわ」

「……」


『ゴクリ』と生唾を飲みながら澪のカミングアウトを待つ。

 不満の度合いによっては、これからしようとしてることがボツになる。クリスマスどころではなくなる。


「——健康的な生活をしているから夜のお時間が少ないのは一つ。あとは私よりお料理がおいしいこと。私が仕事帰りの斗真くんをお出迎えしたいのに先に帰ってきていること。夜のお時間が少ないこと」

「いや、その不満は直しようもないんだが……」


 だが、本当の杞憂だった。職場で彼氏のことを自慢しているだけあって澪らしいといえばらしいことでもある。


「直すことは出来るでしょう? 高めの栄養ドリンク買って夜の時間を増やしたり、ギャンブルとかもしていいわ」

「栄養ドリンクを飲まないのが一番健康的だろ……。ってか、料理の件はすっ飛ばしてるしそこまでして俺を遅く帰らせようとしなくても……」

「逆に斗真くんは私に不満……ある?」


 今度は澪の番だった。

 先ほどまでの語り口調とは一変してしおらしい声で心配顔をこちらに向けてくる。


「そりゃあ同棲してるんだし、一つくらいはあるよ」

「お、教えなさい。直すわ」

「ははっ。さっきの繰り返しだな」

「そ、そんな呑気に言ってないで早く教えなさいよ……。私の不満……」


 焦らしたことでムスッとした顔になっている。

 これ以上、意地悪をしたのなら袋の中に入っているピザやケーキをひっくり返しそうである。

 限度を見定めて斗真は思いを伝える。


「……今、片手が寂しいってこと、だなぁ……」

「それ同棲関係ないじゃない……」

 即答の正論である。 

 斗真と澪は荷物を一つずつ持っている。どちらとも片方が空いているが手は繋がれえていないのだ。


「誰も信じてくれないだろうけどさ、本当に不満はないよ。こんな素敵な彼女さんをもらってるわけだから」

「……な、なによそれ。私を嬉しくさせるのが今日のクリスマスプレゼント?」

「そ、そうなるかもしれないし、そうならないかもだね……」

「ど、どう言う意味よ……」


 さっきまで拗ねていたような澪だったが今はもう赤面していた。

 何十回言われたか分からないこのセリフ。しかし、大好きな彼から言われるからこそ嬉しくなる。照れてしまう。


「ま、まぁいいわ。……彼氏さんの片手が寂しがっているようだし協力してあげる」

「ありがとう」

「ん、私こそありがとう……」


 待ちわびていたような恋人繋ぎ。絡めた指先には確かな力が入っていた。


「コケたら危ないって思っていたから手は繋がなかったの……。だからコケないでよ?」

「フラグじゃないかそれ……」

「回収しなければ良い話よ。それで、今からどこに行くの? 斗真くんが行きたいところって言っていたけれど」


 斗真はこの後の行き先をまだ喋ってはいない。もし先に口に出したなら予定がバレてしまうと思ったのだ。


「クリスマスの今日だと味気ない所だけど……そのまま付いてきてほしいな」

「ええ、分かったわ」

「助かるよ」


 そうして歩くこと数十分。見慣れた……と言うよりも忘れることのない道先に出る。


「えっ、もしかしてshineシャイン……?」

「そう。今日はどうしてもここに寄りたかったんだよね」

「と、斗真くん。気持ちを悪くしないでほしいのだけれど……shineシャインは今日、クリスマスで臨時休業になっているの」

「知ってる。……臨時休業ってのはさ、俺のためにしてくれたマスターのご好意だからさ」

「えっ? ご好意って……?」

「まぁまぁ」


 はぐらかすように澪の手を引いて斗真はshineシャインの入り口扉に着く。

 臨時休業だけあって店内は明かりがついていない。


「中に入ろっか」

「中にって……鍵閉まってるじゃない……」

「ちゃんとカギは渡してもらってるからさ」


 左のポケットから銀色の鍵を取り出し、ニッコリと笑いらながら鍵穴に挿した。


 店の鍵を貸してくれるというのは、それ相応の信頼が無ければ出来ないこと。

 大事な商品から大切な書類などを好き勝手されてもおかしくないのだから。

 そして、営業日だった今日を臨時休業にして斗真の用事を優先してくれた。


 こんなにも手を貸してくれたマスターには頭を下げても下げきれない。

 唯一、出来る感謝はアレを成功させること。

 アレを言うのは、澪と初めて出会ったこの店で……と決めていたのだ。


『カチャ』と言う音の後、扉を開ける斗真。

 その瞬間、なぜか暖かい空気が入ってきた。


 マスターがタイマーで暖房をつけてくれていたこと知るのは後の話である。


「ええっ? ど、どうして斗真くんがその鍵を……」

「いいから早く入って。驚くのはまだ早いから」

「まだって……えっ?」


 澪を先に店内に入れた後、斗真は中からゆっくりと鍵を閉めた。

 これで邪魔をする者は誰も入ってくることはない。

 完全な2人っきりの空間である。


「とりあえず荷物は後ろに。いつのもカウンターで澪の好きなお酒作るよ。……と、その前に着替えてくるね」

「え、あ……」


 まだこの状況を理解できていない澪だが、分かってもらうしかない。

 セッティングされたキャンドルに火を灯し、斗真は裏に下がった。


 誰にも見られていないが、いつもの癖。カーテンを閉めて着替える。黒のパンツに白のシャツ、濃紺のベストに黒の蝶ネクタイ。着慣れたバーテンダーの衣装だ。


 そして、最後にポケットにあの箱を入れて準備が完了する。


「……8年、か」

 斗真は天井を見上げて深く息を吸う。

 心臓の鼓動は、店内にいる澪にも聞こえそうなほどに激しく動いていた。




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