第60話 8年後のクリスマス④

 スーパーで買ってきたケーキなどの生ものはshineシャインの冷蔵庫に保管し、斗真と澪はゆっくりお酒を飲みながら二人っきりの時間を過ごしていた。


 二人が飲んでいるカクテルはスクリュードライバーというものでウォッカという強いお酒にオレンジジュースを混ぜたもの。

 このカクテルはアルコール度数が12~15度と高めのお酒で、通称「レディキラー」と呼ばれている。

 レディキラーとはその名の通り、女性を酔いつぶしやすい、アルコール度数が高いわりに飲みやすいカクテルのこと。


 しかし、お酒を作っているのは斗真だ。お酒の弱い澪のことを考えアルコール度数は二分の一以下に抑えられている。

 そう、ここで澪に酔いつぶれられては困るのだ。今まで考えてきた計画が全てオジャンになるのだから。


 澪にスクリュードライバーを渡し終え、半分ほど飲んだところで澪は頰笑を浮かべながらゆったりとした声を出す。


「……すっかり様になって。立派なバーテンさんになったわね」

「お酒も作れるようになったし、マスターからもお店を任されるようになったからね」


 8年前は客にお酒を提供していなかった斗真だったが、大学の3年時にマスターの美希から教えてもらえるようになったのだ。

 そうして大学を卒業した後、塾講師をしつつshineシャインを手伝うようになった。


 とある噂によれば、バーテンダーが斗真の日は女性客が知り合いの女性客に連絡をし、全体の来店数が上がったりもするらしい。


 そんな売り上げにも貢献している腕の良いバーテンダーを——

「——今日だけは私が独り占めできるのね」

「確かにそうなるね。俺も彼女って言うお客さんを独り占めできるけど」

「クサいわよそのセリフ」

「冷静に分析しないでいただけますか、お客様」

「恥ずかしいからってバーテンダー時を装わなくていいわよ。自然体でいてちょうだい」

「じゃあ恥ずかしくされるようなことは言わないように」

「約束するわ。私だけの、、、、斗真くん?」

「……それ使わないでよ」


 使わないで。とは道具を使ったとの意味ではなく、スキルだ。

 彼女特権のセリフと色気を使った艶やかな微笑み。斗真は今までに何度この技にやられてきたことか。


「使わないでって言われても私は普通通りにしているわよ?」

「なわけあるか」

 8年続いているカップル。その彼氏のセンサーが反応したのだから……そして、面白おかしそうにしている様子。間違いはないだろう。


「でも、本当に素敵なクリスマスプレゼントをありがとう斗真くん。私のためだけにお酒作ってくれるなんて。このお店を貸してくれたマスターにお礼の電話を入れないといけないわね」

「……ああ、そうだな。従業員の俺に大事な店の鍵を渡してくれたんだから」

「合鍵作っちゃダメよ?」

「ははっ、間違ってもそんなことはしないって」


 なんて気楽な顔で澪と会話している斗真だが、心境はそれどころじゃない。

 実際にクリスマスプレゼントはまだ終わっていない。これはただ本命のプレゼントを輝かせるための演出でしかない。


 斗真が勇気を出すのはこれからなのだから。


「……それで、斗真くんはいつまでカウンターそこに立っているの?」

「ん?」

「今日は私と二人っきりなのだから……お酒を飲む時くらい隣で一緒に飲んでくれても良いでしょう? 私、斗真くんの近くで飲みたいわ」

「カウンター挟んでるだけだから近いっちゃ近いけどなぁ……」

「横がいいの。斗真くんはヤなの?」

「全く、甘えん坊さんを独り占めするのは大変だ」


 自身も飲んでいるスクリュードライバーを澪の横に置き、斗真はカウンターを出て澪の隣の席に座る。


 椅子を引いて斗真がカウンターテーブルに手を置いた瞬間だった。

「——握るわね」

「に、握ると同時に言われても困るなぁ」

「だって少しでも早くしたかったから……。やっぱり一度手を繋いでたらずっと繋いでいたくなるわ」 


 澪は華奢で白い手を斗真の上に重ね合わてくる。そこから指と指の間に第一関節を入れ込み恋人繋ぎのような握り方を取ってきた。


「ま、まぁ俺も……」

「うん……」

 手は繋がれたまま、空いた方の手でグラスを持ちお互いにスクリュードライバーを喉に流す。


「……」

「……」

 無音が店内を包む。だがそれは気まずさを感じるものではない。


「もう……8年だな。俺たちが付き合って」

 斗真は正面を向きながら語りかける。


「ふふっ、いきなりどうしたの?」

「いや、信じられないよなぁって思って。時が経つのが早いっていうか」

「確かにそれは言えてるわ。……今更こんなことを言うのはアレだけど、大学生じゃなくって小学生の時から出会っていたらもっと長く関われていたのにね」

「……でも俺は大学生の頃で良かったって思うよ」

「どうして?」

「小学生の俺、結構ヤンチャしてたからさ。先生に悪口言ったり、トイレのスリッパの投げ合いっことかもしてたし……澪がそんな姿みたら絶対引いてると思うよ」


 大学生の落ち着きがあったからこそ澪と仲良くなれたかも、と鼻先を掻きながら斗真は付け加えた。


「そ、それを言われたら私も一緒かもしれないわね」

「澪も? それまたどうして?」

「斗真くんには話したけれど私、小学校中学校はイジメられていたから。大学生の時みたいに周りから期待されるような人間じゃなかったもの」

「別に俺はどんな澪でも受け止めるけど……その男達は澪のことが好きだったんだと思うよ。攻撃的になれば澪から構ってもらえることができるからさ」

「私のことが好きならイジワルなんてしなこなければ良いのに……」

「まぁ、小学生中学生はそんなもんだって」


 男性が好きな女性をいじめる理由は『かかわりを持ちたいから』というのが最も大きなウエイトを占める。

 愛情表現が不器用だからこその表現になるのはまさに男性心理を象徴していることである。


「いじめっ子を擁護するつもりはないけど、小学生の時は俺もそんな感じだったからさ」

 澪を納得させようとした斗真の一言が完全なる余計だった。


『ぷい!』

 澪は髪をなびかせて首を90度ひねった。斗真が見えるのは澪の後頭部だけ。おかんむりである。


「え? 嫉妬!? 小学生の時だぞ!?」

「私の初恋は斗真くんなのに……斗真くんはそうじゃないなんてなんかヤよ」

「そ、そんなこと言われても……なぁ」

「それに斗真くんって高校生の時に彼女さんいたらしいし……なんかやっぱりモヤモヤする。私って三番目じゃない……」


 この通り澪は嫉妬深い。だが、束縛は何一つしていないという不思議なタイプだ。いや、斗真がそこを上手くコントロールしているのだ。

 こんなブツブツと文句を言いながらも、手は繋いだままというのがなんとも可愛らしいものである。


「一番だよ、澪が」

「ウソよ……。こ、こんなに嫉妬深い彼女なのよ、私って」

「本当。だって澪が一番好きだし。だからこうして8年もいるし、これからも一緒にいたいって思ってるし」


 ——何故、その言葉がスラっと出てきたのか。

(……あ、やばい……これ……)

 不器用な斗真はやってしまった。ずっと考えていたプロポーズのセリフを今言ってしまったことに……。


「来年で私、三十路みそじだけど……良いの?」

「年なんて関係ないよ。俺がいたいって思うからいる」

「斗真くん……」

「って、こんなのは押し付けがましいか……。あはは」

 

 カクテルを煽る。

 ほんの時間稼ぎ。脳裏で一生懸命考える。他に機転の利いたプロポーズのセリフを。

 だが、そう簡単に見つかるものではない。お酒も入り、動揺状態に陥っているのだから。


「私からお願いしたいくらいよ……」

『ちゅ』

「んっ!?」

「バカ」

 斗真の右太ももに手を置いた澪は軽く触れるようなキスをした。こんなにも慣れたようにできるのは付き合った年期が示している。


「いっ、いきなりはやめてくれ……」

「やっぱり……気持ちいいわね……」

 蕩けたような顔で澪は口元に手をあてる。ぺろりと自身の唇を舐めた。


「澪……おい!?」

 斗真は即気づく。澪の変化を。


「ちょっと……やばいかも……」

「……」

「今ので……スイッチ入っちゃったわ……」

「はぁ!? おい!? 待てここ店だぞ!?」

 

 澪は繋いだ手を解いて両手を斗真の両太ももに置く。上目遣いをして艶かしい息を吐く。

 上気した顔が……斗真の視界いっぱいの広がる。


「ほら、斗真くんのココ硬くなってるじゃない」

 そこで……澪は握った。斗真の右ポケットの上からあの四角い箱を。


「あ、や、それは——」

「——ん? 何か四角いわ……。これ名刺入れかしら」

「そ、そう……! 名刺入れ!」

「それにしては……すっごく硬いわよ? 名刺入れにしては高価そうだけれど。もしかして……キャバクラ専用のものとか言わないでしょうね」

「違うよ!? そうじゃないよ!?」


 カサカサと例の物を澪に触られ……右ポケットを両手で抑えた斗真は立ち上がった。

 違うからこそ、見られるわけにはいかないからこその必死の行動。しかし、これは妙な疑心を生ませてしまう。


「見せなさい」

 斗真に続けて澪も立ち上がり、差し出せと言わんばかりに手を出してくる。さっきまでの甘い雰囲気は皆無。ピリピリとした重苦しい空気が包むこむ。


「見せられないんだ。ご、ごめん。本当は名刺入れじゃない……」

「じゃあ何?」

「そ、それは……えっと」

「なんでウソをついたの? やましいことがあるからじゃないのかしら」


 斗真は男だが、澪の年下。こんな状況に陥ればどうししても下手したてに回ってしまう。

 一歩一歩後退していく斗真に、黒いオーラを漂わせてにじり寄る澪。やましいモノだとしか疑っていない。


「……澪、落ち着いてほしい。違うんだよ」

「斗真くんに残されてるのは二択だけよ。そのポケットに入ってるやましいものを私に見せるか。私の一番の怒りを買うか」

「本当に怒るようなものは入ってないんだって!」

「じゃあ見せなさい」

「そ、それは……」


 こんな展開になるだなんて予想すらしていなかった。もうプロポーズのセリフを考えるどころではなくなった。


「これが最後よ。そのポケットに入ってるやましいものを私に見せるか。一番の怒りを買うか。どっち」

「……」

「早く選択肢を聞かせなさい」

「……分かった。見せるよ……」


 斗真にとって最大の選択は前者でしかない。

 意地になって隠して一番の怒りを買ったのならもう……別れる可能性だってある。一生、この代物を渡せなくなるかもしれない。


「隠してたのはこれだよ澪。嘘なんてついてごめん」

 斗真は右ポケットから平べったい長方形の箱を澪に渡した。

 とてもプロポーズ出来るような雰囲気ではないが、もうするしかない。

 一生の後悔を残すわけにはいかないのだ。


「なによこの箱……。随分と高価そうだけど……」

 黒の大理石のように光っている平べったい長方形の箱を見て澪は警戒心を浮かべている。


「開いていいよ」

「当然よ。中身の確認をしないといけないんだから」

 暴いてやる! その感情が表に出たのだろう。険しい顔をした澪は両手を使って書物のように開く。

 

 途端——現れる。


「えっ……」

 開けたと同時に一輪のバラが大きく隆起し、その中心に宝石のように輝く一つのリングが。


「……」

「…………」

「と……うま、くん……」

 澪は声は震えていた。聞き取れないくらいに小さな声。

 そして、ぽろぽろ。

 澪の大きな瞳から涙が流れ落ちる。頰をつたり……開かれたバラの上に跳ねる。


「これ……これ……」

 澪はその指輪ケースをこちらに向けてくる。

 口を強く縛って泣き顔を露わにする澪に斗真は言う。


「——俺と結婚しよう、澪」

 なんの捻りもないもないシンプルなプロポーズ。しかし精一杯の告白を。


そこからは無言のまま数分が経つ。

震えた声での澪の返事。それはもちろん一番の幸せを掴むものである……。

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Barで働く俺をからかってくる年上彼女。お酒のせいか、すぐに顔が真っ赤になる 夏乃実 (旧) 濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann

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