第7話 斗真の内心と妹のうめ

 満月が悠々と浮かび暗闇が街全体を包んでいる。深夜を迎えているということもあり、家の照明も半数以上が消えている。

 バイトが終わり、帰路につく斗真は大きく息を吐いていた。


(き、緊張した……。練習とはいえ告白ってあんなにも緊張するんだな……)

 バクバクと、激しい心臓の鼓動を感じながら斗真は“初めて”の告白を思い返していた。


(平然を装ってたことバレてないよな……。もし気付かれてたなら恥ずかしすぎる……)

 もし斗真が自室にいたのなら、その羞恥でベッドをのたうち回っているだろう。一度もしたことがない告白はなんとも新鮮なものであり、過去最高に勇気のいることだった。……例え、それが練習でも。

 もしアレが本番なら……と想像しただけで生唾を飲んでしまう。


(はぁ。俺が佐々木さんみたいに告白に慣れているなら、こんな風にはならないんだけどな……)

 斗真は見ていた。告白をした際の佐々木の挙動と表情を。だが、佐々木は呆気に取られていただけで、照れた素ぶりは何もなかった。

 慣れているからこその反応なんだろうと勘違い、、、するのは仕方がないことでもある。


 しかし、斗真はこの手に関して鈍い。鈍すぎるのだ。あの時の佐々木は頭が真っ白になった状態で現実について行けてなかっただけ。ーーそれが変化があまりなかったことに繋がっているのだ。


 もし、あと数分。数分だけ斗真がBarに残ってたのなら……ウブだという澪の本性と、真っ赤になった顔を拝む事ができただろう。


(き、切り替え切り替え……。これ以上考えても仕方がない……)

 首を左右に振り、先ほどのことを忘れようとする。堂々と浮かぶ満月を見ながら、別のことを必死に考える斗真であった。


 ****


 バイト先から自宅に着いた斗真は明かりのついたリビングに歩みを進めた。

「おかえり、にい」

 そのリビングにいたのは両親ではなく、椅子の上でスマホをいじっていた妹の梅だ。

 普段は整えられた黒髪をサイドテールに結んでいるが、自宅ではその髪を下ろしている。ピンクのパジャマを着ている梅は、まんまるの瞳を斗真に向けながら答えた。


「ただいま……って、なんでこんな時間まで起きてんだよ。梅」

「だって、まだ23時だもん」

 と、澄まし顔で。

「スマホの時間見ろ、スマホの時間を。もう0時過ぎてるんだが」

「……あ」

「気づいてなかったのかよ……。どんだけ集中していたんだか」

 梅はスマホを使っては毎日のようにアニメ動画を見ている。今日もいつも通りに熱中して見ていたのだろう。体感時間と実際の時間に大きな差が出ているくらいには。


「それで、母さんはもう寝てるのか?」

「うん、22時には寝室に行ったよ」

「そっか。ちゃんとお手伝いは出来たか?」

「それはもちろん! じゃないとにいが怒るし……」

「当たり前だ」

 ……そう、斗真の家族は三人。母親に兄の斗真、妹の梅だ。

 父親は斗真や梅が幼い時に事故でこの世を去ってしまった。

 ぼんやりと覚えている父親の記憶。そして……その時に斗真は母親の強さを体感したのだ。


 付き合って結婚して……長年の時を一緒に過ごしてきた人物が突としていなくなった。ーーそれなのに、斗真や梅には普段通りの姿を見せていた、、、、、

 幼かったからこそ、どんな家族も母親のような対応をするだろうな〜なんて思っていた斗真だったが、ある時に見てしまった……。


 夜中、母親がリビングでひっそりと泣いているところを。『しゅうさん……』と父親の名前を何度も口にしながら、ハンカチを濡らしているところを。


 辛くないはずがない。辛くないはずがないのだ……。

 その時からだった。……父親のように立派になって頼られるようにお手伝いを積極的に始めたのは。

 そして……今では斗真がバイトの日は妹の梅にお手伝いが引き継がれている。


「まぁ、明日このことは母さんに報告するけどな。お手伝いをしても夜中までスマホをいじってて良い理由にはならないし」

「っ! そ、それはダメ! スマホ禁止令が出ちゃうもん!」

「禁止令を出させるんだよ。じゃないと夜更かしし続けるだろ、お前は」


 この時期、高校生にもなればスマホは必需品と言っても過言ではない。スマホを取り上げられたものなら、梅のすることは寝ることしか無くなるだろう。結果、夜更かしをすることはなくなる。


「にいは厳しすぎるよ。梅はもう大人、、なんだから夜更かしをしていいの」

 小さな唇をとんがらせながら、高校3年生の梅はとんでも理論をぶつけてくる。


「大人ってもんは成人してから言うんだよ。それに、毎度夜更かししてるから身長が伸びないんだよ」

「伸びてるし! 学校の身体計測で1センチも伸びてたしー」

 どや! とでも言うように少しだけ成長した胸を張る梅。そこまで身長が伸びているわけでもないのにポジティブになれるのはかなりのプラス思考だろう。


「それは確かに伸びてるかもしれないが、今の梅の身長は150センチくらいしかないだろ。高校三年女子の平均身長は…………157.8センチだな」

 手慣れた操作でWeb検索をする斗真は、ここで現実を突きつける。

 『オトナに見られるために身長を伸ばしたい!』なんて口癖の梅にはかなり効果的である。


「ええっ、そんなに高いのっ!? にい、嘘ついてるでしょ」

「ほら、そっちにURL送ったぞ」

「梅はソースがない限り信じないんだかーー」

 斗真が調べたサイトのURLをメールに貼り付けた斗真。もう梅に逃げ道はない。


「う、嘘……。え、嘘……嘘……」

 語彙力欠陥。同じ言葉を何度も繰り返す梅の顔に絶望が浮かんでいる。両手で目を擦ったりしているが、結果が変わることはない。……絶対に。


「ほら、分かったなら早く寝ろ。反省もしてるようだし今回だけは内密にしてやるから」

「に、にいってば、梅に甘いよね〜! そんなに梅のことが好きなんだぁ〜?」

 気の沈みをどうにかして払拭したかったのだろう。いや、事実を提示してきた斗真に仕返しをしたかった。くすくすとした声を上げながら口角を上げている梅。


「はいはい」

「な、流すなし……っ!!」

 バイト終わりにこのような相手に構うのは精神が削られる。斗真は簡単にあしらうことにする。


「悪い悪い」

「また流したしっ!!」

「あーあ」

「その流し方は雑だしっ!!」

 兄妹とはいえ、夜中にするには騒がしすぎるやりとりである。


「もういいっ、梅は寝るもん。にいが構ってくれないならもう寝るもん」

 ぷんぷんとした可愛い怒りを見せる梅は完全に拗ねている。スマホをポケットに入れ、自室に向かおうとリビングのドアを開けたその時、斗真は優しい声音を梅の背中にかけた。


「おやすみ、梅。……俺の帰りを待っててくれてありがとうな」

「っっ! べ、別にそんなつもりはなかったしっ!! ただ、アニメを見てただけなんだから!」

「そっか」

 梅は嘘をつけない性格。もっと言うなら嘘をつくのが下手すぎる性格だ。慌て動揺した今の様子を見れば簡単に見破ることが出来る。


「あ、あと言い忘れてたけど! 今週の土曜日に梅のお友達が来るから、にいは何もお世話しないでよね! お茶とかお菓子とか出しに来なくていいんだから!」

「……ん? ど、どうしてだ……?」

「だ、だってお友達が来る前で、にいにお世話されるの恥ずかしいもん」

「そ、それはなんて言うか……すまん。次からはそうするよ」

 梅の友達が来るときには常に気を利かせる斗真であったが、このようなことを言われたのなら次からは動くべきではない。


「……そ、それじゃお休み、にい。バイトお疲れさま」

「ああ、おやすみ」

 ドアの隙間から小さく手を振ってお別れの挨拶をする梅に、斗真も手を振り返す。

 見た目小学生といっても過言ではない梅の『バイバイ』はなんとも微笑ましい光景でもあった。

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