第6話 side、澪と美希。顔真っ赤に……

 時刻は深夜の0時15分。Bar【Shineシャイン】の店閉めが終わっている時間でもある。

 その店内にいるのは、店主の美希と常連の佐々木澪だった。

 通常の客はこの時間まで残ることが許されないが、美希の知り合いである佐々木は営業時間外も残ることが出来る。その許可もちゃんと下りている。


「うぅぅ……。こ。こんな芸のない告白をされても困るわよ……。練習、、なんだから直接言いなさいよね……」

 そこでーー文句を言う澪は撃沈していた。カウンターに頭をつけ首元まで真っ赤にしながら……。

「あーあ。みーちゃんがやられちゃった。自分からした提案なのに」


 ーー時は数十分前にさかのぼる。


「佐々木さん。この手紙を受け取ってくださいますか?」

「え、あ、はい……」

 斗真が佐々木にこの声をかけたのはバーテンダーの仕事が終わったあと。私服に着替えて店を出る前のことだ。


「この手紙は自分がいなくなってから見るようにしてください」

「……えっ。こ、告白は……?」

「この手紙が告白です。佐々木さんにはいつもからかわれていますので、ささやかなお返しです」


 澪は『告白、、をしてほしいの』と、お願いをした。

 しかし、それは『誰にでも出来る条件』とは少し違う。


 告白をする方に好きな人がいれば強要することは出来ない。付き合っている相手がいた場合、告白を口にすることはトラブルを生むことになる。

 斗真がこのような反論をした結果、『告白をする練習、、、させる練習、、をするの』との変化球を投げてきたのだ。


 練習というのなら『誰にでも出来る条件』に当てはまる。最初から最後までしてやられた斗真は、その対抗策として直接想いを伝えるのではなく、手紙を使った告白を実行したのだ。


 澪は告白を直接されると思っていたのだろう、呆気にとられていた。このような澪の表情はなかなかに見られるものではない。作戦が上手くいき嬉しい気持ちが斗真には芽生えていた。


「口頭じゃ……ないの……? 告白……」

「練習とはいえ直接言うのはその……恥ずかしくて……ですね。これも手紙にした理由の一つです……」

「れ、練習なんだから、ゆ、ゆ……勇気を出しなさいよ……」

「勇気を出す時には本気の告白をする時にします。これは練習、、なので」

 告白の手紙を渡しつつ本音を伝えた斗真は、体の向きを変えて二人に別れの挨拶を交わす。


「それでは美希さん、佐々木さん、お先に失礼します。お疲れ様でした」

「今日もありがとうね、斗真ちゃん。お疲れさま」

「お、お疲れさま……です」


 これが、少し前の出来事である。


「で、その告白(仮)の紙にはなんて書かれていたの?」

「私の口からは……恥ずかしくて言えないですよ……」

「じゃあ、覗かせてもらうわね」

 声色を震わせながら顔を隠し続ける澪を他所に、開かれた手紙を取った美希。その内容に目を走らせ……読み終えたと同時に白い歯をこぼしていた。


「ほぅ……。やるじゃない斗真ちゃん。柄のないことを書いて」

 告白の手紙に記されていた文字は100文字程度にまとめられ、簡潔に書かれていた。


『以前から、淑やかな所作を見せる佐々木さんのことが気になっておりました。美希さんが作るお酒には勝てませんが、想いを込めて作りますので今度飲んでいただきたいです。今度、お返事を聞かせてください』

 ーー習字を教わっていたような丁寧な文字で。


「ただ、恥ずかしかったんでしょうねぇ……。『想い』のところに『愛』を消した跡があるわ。本当は愛を込めて作りますって書こうとしてたのねー。健気ねえ」

 斗真が書いた手紙を冷静沈着に分析する美希。その一方で、頰の熱が取れぬままゆっくりと体を起こした澪はどこか上の空である。……時折、顔をニヤつかせていた。


「みーちゃん。まだお酒は飲める? 度数の低いグレープフルーツのカクテルなんだけど」

「はい、いただきます……」

「それじゃあ飲みながら話しましょ? お酒はタダで大丈夫だから」

「あ、ありがとうございます」


 美希はカシス・グレープフルーツのカクテルを澪の前に置き、会話の空間を作る。

 Barの扉にはclosed閉店の看板が目立つように降ろされている。何かの間違いがない限り、客が入ってくることはない。

 このような話をするにはもってこいの場である。


「でもまぁ、厄介な相手を見つけちゃたわねぇ、みーちゃんは。あの手のタイプは苦労すると思うわよ? って、もう苦労しているか」 

「美希さんにはバレていますよね、やっぱり……」

 美希がカクテルを口に含んだことを確認した澪は同じカクテルを小さく飲む。

 少し酸味が強くさっぱりした味が全身に染み渡る。火照った体にはちょうど良いだろう。


「みーちゃんにコレを言うのはなんだけど、斗真ちゃんを本気で狙うのならそれなりの覚悟をしておかないとダメよ」

「覚悟、ですか……?」

「最初に話した『苦労する』のことに繋がるんだけど……」


 マドラー使ってくるくると酒を回しながら、氷とグラスがぶつかる音を響かせる美希はそんな前置きを作り、

「誰にでも優しいってことは、みおちゃんにだけ優しくしてくれるわけじゃないでしょう? だから、モヤモヤしちゃうこともきっとある。前もってその覚悟をしておくことが大事なの」

「嫉妬深い私には辛い……です」

 数時間前から飲んだお酒が回ってきたのか、年甲斐にもなく白い頰をぷくぅと膨らませる澪。斗真の性格を考えれば美希の言ってることは間違いではない。


“好きな人が誰にでも優しい”なんてことは嬉しくもあり、同時に嫌なことでもある。


「それに真面目すぎる分、かなりの堅物よ? ちゃんとした手順を踏んでお付き合いに発展するタイプだと思うわ」

「私もそう思います……」

「斗真ちゃんがここでバイトを始めた頃は、仕事終わりは毎日居残りをしてお酒の名前を覚えていたり、お酒の特徴を聞いてきたりしたものよ。成長も早くてお店としてもかなり助かったけど……ホント真面目よね」

 この二人が残ってする会話といえば、全て斗真に関することである。……本人がこのような会話に気付くのはもっと先のことだ。


「でも……かなり本気なのね、みーちゃんは。わざわざ擬似告白をさせたくらいなんだから。正直、斗真ちゃんにベタ惚れでしょ?」

「……べ、ベタ惚れ……です……」

 普段の澪はこれほど素直じゃない。美希に対して素で打ち明けられている理由は信頼をしているからでもあり、お酒の力もあるだろう。


 澪は告白をさせることで確かめたかったのだ。

 斗真に告白をされるのと、別の男に告白をされた時の違い。そして……自身の想いに。


 ーー結果はすぐに分かった。

 斗真からもらった手紙に目を通した瞬間、息が出来なくなるほどに胸が締め付けられた感覚。心臓が大きく波打ち、全身の火照りが今もなお取れない状態で頭も真っ白だ。

 ……擬似だと分かっていてもニヤけてしまうほどに嬉しかった。


 これは斗真の告白だけにしか起こらないこと……。


「我ながらチョロいです……。何度か助けられたくらいで好きになってしまうなんて。気付けば目で追ってしまう日々ですから……。好きだから、からかってしまいます……」

「良いじゃない、それが恋ってものだから。おかしなことは何もないわ」


 今の澪を見て、過去を懐かしむように瞳を細める美希は再びお酒に口をつける。美希にも澪のような時期があったのだろう。


「……美希さんからして、斗真くんはどう思いますか……?」

「どう思うって言うと、男性としてのレベルみたいな感じ?」

「はい……」

「そうねぇ……。もしアタシに旦那がいなかったら斗真ちゃんを狙ってたかも。アタシが大学の学費を払うから〜なんて特典をつけたりしてね?」

「っっ!!」


「ふふ、なんて冗談。そんなに驚かないで大丈夫」

「よ、良かった……です」

「アタシには素敵な旦那がいるもの。この店を建てた当時、経営に行き詰まっていても一緒に支えてくれた。裏切るわけにはいかないのよね」


 普段の美希からは想像も出来ないが、美希だって一途なのだ。

 美希がこうした惚気を見せるのは、澪と一緒にいるときだけ。こんな一面を見せられる唯一の相手だからこそ、閉店しても残ってよいとの許しが出ている。


「でも……アタシがその言葉を言うくらいに斗真ちゃんは素敵な男性だと思うわ」

「そ、そうですよね。……ふふふっ」

 好きな人のことを褒められて嬉々としてしまうのは皆一緒だろう。澪は顔を紅潮させながら顔を朗らかにさせていた。


「あらぁ。斗真ちゃんを褒めただけでそんなにも満面な笑みを浮かべて……もう彼女さんになったつもりなの?」

「……そ、そんなことはーーっ」

 ニンマリ顔で美希に言われ、両手を顔に当てる澪は一瞬で悟った……。


「も、戻って……戻って……。早く…………っ」

 小声で言い聞かせるように頰のむにむにマッサージを始めた澪。

 溶けたマシュマロのように顔が緩んでしまっていたのだ。全然力が入らないのだ。


「そんなところを斗真ちゃんに見せたら、一発で気を惹くことが出来ると思うのに」

「は、恥ずかしくて見せられませんよ……。気持ち、バレたのなら私はもうここに通えなくなりますから……」

「もー。みーちゃんったら本当ウブねぇ」

『青春ねぇ』なんて優しい目を向けていた美希だったが……ここでイラズラ心が目覚めてしまう。

 好きな相手をいじめたくなる心理と一緒のようなものだ。


「ねえ、みーちゃん。斗真ちゃんのこの手紙はアタシがもらっていい?」

「ダメですよ……」

 深く考えなくとも美希がこの手紙をもらうことがおかしいことに気付くはずだが、お酒が入っていることで思考が鈍っている。澪は簡単に引っかかってしまう。


「じゃあ、その手紙はどうするつもりなの?」

「わ、私の部屋の引き出しに閉まっておきます……。好きな人からもらった手紙……ですから」

 美希から斗真の告白の手紙を受け取った澪は、折り目に沿って綺麗に畳んでいく。そのまま大切そうにカバンの奥にしまったのだ。


「あらまぁ、そこまでして……。応援してるわよ、みーちゃん」

「あ、ありがとうございます……」

 ぽっと熟れたトマトように真っ赤っかに染まっている澪は、羞恥を隠すように端正な顔を伏せていた……。

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