第36話 澪の想いを察す時
『斗真くんが酔っている状態でこんなことするの、ズルいわよね……。これだと場に流されるのは当然だもの』
「ーーはっ!」
アラームからの目覚めではない。朧げの中、ふとそんな声が脳裏に響き渡り俺は深い睡眠から意識を戻す。
(なんだ今の声……)
ベッドから重たい体を起こし、顔を歪めながらグラグラと頭痛のする
(って、昨日はどうやって家まで帰ったんだっけ……。思い出せない)
医学用語でブラックアウトと呼ばれるこの現象。酒を飲んだ際にある時点から後の記憶が消えてしまうこと。
思い出そうとしても、何かのキッカケがなければなかなか思い出すことができない。
(でもまぁ、帰れたんだし気にしなくてもいいか)
なんて気楽に捉える斗真。
スマホの電源ボタンを押し、液晶の映し出される画面を確認する。
ーー11時14分。
今日は火曜日。午後から講義が入っているため大学に遅刻しているわけではない。
(バイト終わってそのまま寝たようだし……風呂入らないとな)
床に足をつけ、ベットからのっそりと立ち上がった斗真は着替え服を取ろうとクローゼットに向かおうとする。
「ん……?」
この矢先だった。斗真はズボンの両ポケットに違和感を覚えた。何かが突っかかっているような感覚。ボコッと何かが浮き出ている。
手探りにポケットに手を入れ、その何かを取り出した。
「え? なんで俺のポケットにゲンガにルカリヲ……?」
そこに現れたのはちょこエッグのおもちゃである二種類のポケッモン。
手のひらに乗せ、ハテナを頭上に出しながら首を傾げていたが……すぐにピンときた。
「あぁ。澪さんあの時のこと覚えていてくれたんだな……」
スーパーセンター、
『私、2匹持ってるわよ、ルカリヲ』
『えっ、そうなんですか!?』
『ふふっ、今度持ってくるわね。斗真くん、欲しそうだから』
『あ、ありがとうございます……』
お菓子コーナーの前、ちょこエッグを見ながらした会話。
「澪さん、無事にコンプリートできたようで良かった」
ルカリヲだけでなくゲンガも付いているところを見て数匹当たったのだろうと予想し、澪からもらったポケッモンを机上に飾り一人でに微笑んだ。
ーーこの時、斗真はもう一つの会話を思い出すことはできなかった。
『20個買ったってことは結構同じキャラが当たってるんじゃないですか?』
『ピカチューが10匹当たったわ』
『10匹ですか……。け、結構偏ってますねそれ……』
『お友達にも斗真くんと同じことを言われたわ。……私が逆の立場だったら同じ言葉をかけているでしょうし……』
『そのピカチュ10匹は家に飾っているんですか?』
『ううん、友達にあげたわ。推しのゲンガなら全部飾っていたでしょうけど』
このゲンガはダブっただけの理由であげたわけではない。特別な相手だからこそ、コンプリートした報告も兼ねて推しのポケッモンを送ったということに……。
(さて、そろそろ行くか……)
眠気もすっかり取れたことでようやく浴室に向かう斗真。20分ほどかけてゆっくりとシャワーを浴びバスタオルで身体を拭く。
清潔な服に着替え自室に戻り、机上に飾ったポケッモンに再度目を通した途端だった。
「ハッ!」
斗真は目を大きく見開き息を呑む。身体を硬直させ……静寂の部屋に一言漏れる。
「お、思い……出した……」
風呂に入ったことでリフレッシュできたからだろうか。暗闇を懐中電灯で照らしたように斗真は鮮明に記憶が戻った。
バイト終わりに澪に送ってもらったこと。あの公園のベンチでした会話全てを……。
『……澪さんなら大丈夫ですよ。告白、成功すると思いますから』
ーー全てはここから。
『じゃあ、そんな斗真くんに一つだけ質問。……その言葉はどんな思いで言ったのかしら』
『そ、それは、その……。い、言わないといけないですか?』
『お互いに酔っているのだから良いじゃない。この会話は帰宅して寝て起きた時には忘れているでしょうから』
澪にそう促されたからこそ、酔っていたからこそ斗真は言ってしまった。
そう、『忘れている』この言葉に間違いはない。実際に斗真は今の今まで忘れていたのだから。しかし、それは澪も斗真と同じ状態だったら……だ。
酔った者を送るとなれば、送る方は酔いの浅くなければならない。
つまり、澪は夜中のことを全て覚えていることだろう……。
『正直、告白を応援したい持ちは5割くらいですかね……』
「嘘……だろ」
お酒の力は強大だった。普段ならこんなことを言ったりはしない。しかも本人の目の前で……。
『この気持ちを言葉にするのは難しいんですけど、簡単に言うなら嫌だなって思ったんです』
「おいおい……」
思わず両手で頭を抑える斗真。
『自分はこうして澪さんと話すの楽しいです。出来ることならこの時間を無くしたくはありません』
「おいおいおいおい……」
時を戻すなんて超次元的なことが出来るはずがない。
夜中の失態はもう取り戻すことができない。全身から湧き出てくる羞恥から斗真は思わずしゃがみこんでしまう。
「お、お酒に酔ってたとはいえヤバいだろこれ……。何言ってんだよ俺は!」
合わせる顔がないとはまさにこのこと。あんな発言をしていつも通りに接することは出来ない。出来るはずがない。
「これじゃ俺が澪さんのことーー」
斗真は最後まで言葉を続けられなかった。逆に思い知らされた。
『ーー好きって言ってるようなもんだろ』
そう、何故か否定できない自分がいた。
この瞬間に緊張が走るように心拍が上がる。呼吸をしているのに息が苦しくなる……。
『斗真くんが良かったのなら、私たちが付き合ってるって噂はこのままにしててもいいんじゃないかしら』
『こ、このまま……ですか!?』
『だって、噂を沈静化させるには斗真くんが何かしら動かなければいけないでしょう? それはかなりの体力を使うことでしょうし、放置しておけば斗真くんは動かなくてもいい話よね?』
そうして、公園での最後の会話が斗真の脳裏によぎった。
澪は斗真の手を優しく握り、
『私は、斗真くんが彼氏だって噂されるは嬉しいことだもの』
決して気遣っているわけじゃない。なんて指し示すようにこんな告白をしてくれた。
斗真の記憶の片隅には澪の顔が真っ赤になっている姿があった。
(も、もしかして澪さんは俺のこと……)
鈍感な斗真でも、そう思うには十分の内容であった……。
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