第37話 とある件と浮き出た行為……side澪
斗真がまだ就寝中の朝。
麗常看護大学ではとある件でザワつきが発生していた。
「ええっ、今日みおちゃん休みなのっ!? 嘘でしょ!?」
「珍しいよね、澪さん今まで無遅刻無欠席だったのに……」
「よほどのことがあったんだよ、きっと……」
教師から今日の欠席者を聞き、澪の親友である七海はクラスメイトと一緒になって今の気持ちを共有していた。
「みおちゃん一人暮らしだし、風邪だったら心配だなぁ……」
「メール入れた方がいいよね? もし、風邪だったら時間が空いている人でお見舞いに行こ?」
「うん! 食べやすいものがいいよね。ゼリーとか!」
クラスメイトからここまで人望を持たれているのは、流石は澪と言うべきだろう。看護科の天使の異名は伊達ではない。
「あ……そのことなんだけどさ? もしみおちゃんが風邪だったらある人に任せたいんだよね、お見舞い」
「ある人?」
「それって澪ちゃんの知り合い?」
「まぁー、うちなんかじゃ勝てないくらいの仲良しさんだねぇ」
Barでバイトをしている男性を想像し、あははと苦笑いを浮かべる七海。
「七海ちゃんがそう言うなら分かった」
「じゃあ、メールも七海ちゃんに任せていい?」
「了解。ありがとね!」
いつも通りの元気良さを披露する七海は、敬礼を交わしてクラスメイトと別れる。向かった先は教室の隅。
(みおちゃんには言ってなかったけど、うちは全然後悔しないから。だからうちの分まで頑張ってよね)
スマホを開き澪の連絡先を表示させる七海は、高速で指をフリック操作しながらLAINを打ち込む。その顔はどこか晴れ晴れしくあったのだ。
****
私は通っている麗常看護大学に連絡を入れていた。『今日はお休みさせてください』と電話で。
麗常看護大学三年目。この期間ずっと私は無遅刻無欠席を続けていた。
大学を欠席した理由は体調不良でも家庭の事情でもない。……己の事情だった。
「もうっ、もぉ……っ! 私ったらなんで……なんであんなことを……」
髪をお団子に結び、空色ショートパンツと同色の長袖パジャマを着た私はベットに仰向けになりながら
一人暮らしの生活、誰にも見られないとの条件が整っているからこそ感情を爆発させるように足をバタバタとさせる。枕に顔を埋め、「うぅぅ……」と無意識に唸ってしまう。
(穴があったのなら入りたい……。もう、ずっと……)
薄い生地の布団をガバッと全身にかぶり、外部との空間を完全に遮断する。その中では膝を折り、両手で包むように持つ。体をダンゴムシのように丸めてお布団の中で熟考する。
(次、どんな顔をして斗真くんに会えばいいのよ……)
普段の私ならあんな大胆な行動をすることはなかった。でも、私自身が少し酔っていた状態。斗真くんがそれ以上にお酒に酔っていたことで、自制を効かせることが出来なかった……。
「斗真くんの手の感触……、まだ残ってる……」
夜中、帰宅した際に私は手を洗わなかった。衛生的でないことは分かっているけれど、次にご飯を食べるまではその行為をしたくない。
(上書き、出来る限りしたくないんだもの……)
斗真くんと手を繋ぐことがどれだけ勇気の要ることか、恋愛経験のない私だからこそ知っている。簡単に出来るようなことではないからどうしても大事にしたかった。
「はぁ……。こ、こんな状態で大学に行けるわけがないじゃない……」
私は布団をゆっくりとめくり、ベッドの物置に置かれている鏡に目を通す。
「……」
熱が出たように真っ赤になった頰。両耳まで同じ色に染められている。それだけでなく、ふにゃんと顔がすぐに緩んでしまう……。
こんな顔は家族にも見せられるものじゃない。
「何時間経っても戻らないって、初めてよ……こんなの……」
ズル休みといっても過言ではない今日。
大学に行くまでにはこの顔の緩みと赤みが取れるものだろうと思っていた。
でも、その予想は大いに外れ私は悟った。
今日一日、この症状は引くことがないだろう……と。
(……こうなったのも全部斗真くんのせいよ……。斗真くんがあんなにも酔ったりするから……。あんなに嬉しい言葉をかけたりするから……)
『正直、告白を応援したい持ちは5割くらいですかね……』
『この気持ちを言葉にするのは難しいんですけど、簡単に言うなら嫌だなって思ったんです』
『自分はこうして澪さんと話すの楽しいです。出来ることならこの時間を無くしたくはありません』
真面目な顔でそう答えてくれた斗真くん。お酒の力があったからこその言葉。
私のことを異性として見ているには間違いのない内容……。
だから私も……あんなことを言ってしまった。
『私は、斗真くんが彼氏だって噂されるは嬉しいことだもの』
斗真くんの手に指を絡めて、あなたのことが大好きだって、好きで好きで仕方がないってバレてもおかしくないことを……。
「もうこのまま、一生の眠りについてもいいわ……」
あまりの恥ずかしさから、そんなナイーブな発言をしてしまう私。そんな時だった。
「っ!?」
狙いすましたかのようなタイミングで私のスマホに通知音が鳴る。
「もう、びっくりさせないで……」
なんて一人文句を言う私はスマホの液晶に目を通す。表示されていたのは親友の七海からのLAINだった。
「七海……」
『みおちゃん大丈夫? もしかして風邪引いちゃった?』
『心配のメールありがとう七海。でも微熱だから平気よ』
照れてしまって、にやけちゃうから大学を休んだ。なんて伝えられるはずもない……。私は嘘を付いた返信をしてしまう。
『ほんと?』
『ええ、今日は大事を取っただけだから』
『それなら良かった! 今日はゆっくり休んでね!! お見舞い、持ってくからね!』
『お見舞いだなんて大丈夫よ……。本当に平気だから』
『いいからいいから。それじゃ、もうすぐ授業だからばいばい!』
「相変わらず強引なんだから……七海は」
こうなった時の七海は、私がどんな言葉をかけてもお見舞いを持ってくる。だから私はこう返すしかない。
『ありがとう』
最後に、お辞儀をしたレッサーパンダのスタンプを送りスマホの電源を切った。
(熱でもないのに……本当に申し訳ないことをしたわね……)
私の心の中に罪悪感が生まれる。虚言をしたことで七海はお見舞いに来てくれるのだから……。
(帰り際……斗真くんにこれをしなかったら、私はこうならなかったのかしらね……)
私はそっと唇に手を当て、瞳を閉じながら激しく高鳴った心音を部屋に響かせた……。
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