第38話 不意を突いたお見舞い①

「なあ斗真。今日なにか予定入ってるか?」

「いや、特にないけど……なにか俺に頼みたいことが?」

 お昼休み。学生食堂で440円の大盛りカツカレーを頼んだ斗真と春。

 無料のミネラルウォーターを注ぎ、席に着いたところでこの話題を出される。


「んなら良かった。今さっきオレの姉ちゃんから連絡があってな、お前専属の看護科の天使が熱を出して大学を休んでいるらしい」

 ニヤリといたずらな笑みを見せることもなく、スプーンでカレーの付いたカツを食べながら真顔で言う。


「専属とか意味が分からな……って、え? 澪さんが熱?」

「ああ、そうらしい。それで今日斗真にお見舞いに行って欲しいって姉ちゃんから連絡が来ててな」


「い、いやいや。どうしてそこで俺の名前が出るんだ……? 澪さんは熱を出しているわけで異性よりも同性の方が何かと勝手が良いと思うんだよ。もし看病するとなったら部屋をあちこち動き回るわけでもあるし……」

「斗真のこと信頼してるからだろ」

「……ん、信頼?」

 カレーを飲み込んだ後に口を開く斗真。眉を八の字にさせ、いまいちピンときていないようだ。


「オレが姉ちゃんに斗真のこと話してるし、姉ちゃんは看護科の天使の友達なわけでいろいろと聞いてんだろ。……姉ちゃんのことだしそれ以外にもなにか理由があるかもだけどな」

 そう言葉を濁す春だが、七海が斗真にお見舞いに行かせたいとの意図を正確に汲み取っていた。

 斗真と澪の距離縮めることで、付き合うキッカケを作らせようとしているのだと。


 春が聞かされていないのだ。いや、七海の立場からすれば言えるはずがない。

『うちも斗真君のことを気になっちゃった〜』なんて冗談に捉えられてもおかしくない本心を。


「あ、あのなぁ、そこの理由が大事だって……」

「グチグチ言うなって斗真。お前は看護科の天使とは友達なんだろ? ならお見舞いに行く理由としては十分じゃねぇか」

「……」

「もしかして心配してないってオチか? それならしゃーないけど」

「し、心配に決まってるだろ……。心配しないわけがないよ」

 曇りのない双眸でじっと観察され、斗真は思わず視線を逸らす。

『澪のことが心配』だと素直に伝えることがこれだけ恥ずかしいとは思わなかったのだ。


「それでこそ斗真だ! 姉ちゃんにも斗真がお見舞いに行くって伝えとくからな」

「ああ……。ありがとう」

 そうして、斗真が澪のお見舞いに行くことが決定する。

(澪さん大丈夫かな……)

 羞恥に耐えていた斗真だが、この時から心配という名の感情が上回る。


 気づけばどのようなお見舞い品なら澪が喜ぶのか、必死に考えながらカツカレーを完食する斗馬だった。


 ****


 カリカリとシャープペンシルを走らせる音だけが3時間ほど響く澪の自室。

 白と薄ピンクの二色で統一された清潔感のある部屋には、本棚にテーブル、ソファー、ベッドなど必要な家具が置かれている。また、数種類のネコのぬいぐるみがこだわったように配置されている。


「なんだか……寂しい……」

 シャープペンシルを動かしていた利き手がピタッと止まり、そんな独り言が静寂を破った。


(普段は大学に行っている時間だからかしら……。それとも、今日全然喋っていないからかしら……)

 ノートからガラス窓に視線を変える澪。

 カーテンの隙間からうっすらと見える空は、何十秒も見つめてしまうほどに優しく綺麗なオレンジ色。

 大学に行かなかった分、予習をしなきちゃ……なんて意志に駆られ勉強をしていた澪。気づけば夕方になっていた。


(お見舞いを楽しみにしていた、なんて言った時の七海の反応が楽しみね)

 澪はどこか嬉しそうに表情を緩ませる。

 澪は風邪を引いているわけではない。お見舞いに来たら部屋にあげるつもりでいるのだ。今の寂しさをまぎらわせるためにも。


「でも、その前に七海が来たら謝らなきゃね。……熱だってウソをついたことを」

『心配させるんじゃないよー』なんて怒られるかもしれない。

 でも、それはそれで嬉しい気持ちになるのは間違いなかった。


(早く来てほしい……)

 そんな願いを心の中で呟いた瞬間だった。


『ピンポーン』

 ーーびくっ!

 ベッドに座っていた澪は肩を上下に揺らす。唐突になったインターホンにパチパチと大きなまばたきをさせる。


(タイミングが良すぎるわよ七海……)

 麗常看護大学の授業終了時刻は丁度この時間帯。

 メールで『お見舞いに来る』とのやりとりをしていたからこそ、澪はインターホンに内蔵されているカメラを見ることはなかった。


パジャマ姿のまま廊下を歩き、玄関にたどり着く。

「今開けるわね」

 そして、鍵を回して玄関扉をゆっくりと開けた澪はーー

「っっっ!?」

『ガチャン!』

 扉が壊れそうなほどの勢いで思いっきり閉めた。


「えちょっ!?」

 閉めた扉の奥から、聞き慣れたかような愛おしい声音が鼓膜を刺激させる。


(い、今の……今のってもしかして……)

 澪の顔色は一瞬にして熟したイチゴになる。

 数十センチ先の玄関外に居る相手。一瞬しか顔が見れなかったからこそ、確信が持てなかった。


(き、気のせいよ。絶対に気のせい……。私の家に斗真くんがお邪魔してくるわけがないじゃない……。と、斗真君のことが大好きだからって幻覚が見えるのはいくら何でもおかしいわ……)

 首をブンブンと振り幻覚を振り払う。


「よし……」

 開閉音が出ないほどにゆっくり力を入れ、

『チラッ』と片目で覗く。この瞬間、インターホンを鳴らした相手と視線が絡み合ってしまった。


「あっ、澪さーー」

『ーーガチャン!!』

 二度目の全力扉閉め。


「はぁ……はぁ……」

 澪は息切れを起こしていた。奇想天外な状況でパニックに陥っていたのだ。


「って澪さん! ど、どうして閉めるんですか!? 」

「こ、心の準備がまだなのっ!」

「こ、心の準備?」

扉の奥から語尾が上がった斗真の声が聞こえる。


(なっ、ななななんで……。どうして、どうしてどうして斗真くんが私の家に……)

 思考が追いつかない。ただ、激しい心臓の鼓動が全身に響き続けている。


「ううぅ……。髪、ぼさぼさ……。見られたぁ……」

 閉めた玄関扉におでこをつけ、力強く目を閉じていた。

 インターホンのカメラを見なかった後悔。大好きな人にズボラなところを見られてしまった恥ずかしさで、思わず唸り声をあげてしまう澪だった。

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