第43話 招かれざる客と斗真の怒気

「はぁ……」

 夜の22時。バイトの終了まで2時間を切ったところで何度もため息を吐いていた客に斗真は気付いた。


「どうされましたか? お客様」

「ン?」

「すみません。ため息を吐かれていたので声をかけさせていただきました」

「あー、ごめん。別にこの店に不満があるわけじゃないんだ。ただ、ちょっと嫌なことがあって」

「今日はこのお店は初めてで?」

「二回くらい来たことがあるけどバーテンさんとは初めて会うね」

「ご贔屓にありがとうございます。もし宜しければその嫌なことをお聞かせ願えますか? 話すと楽になりますよ」


 興味が有る無いに関わらず、こう問いかけるのもバーテンダーの仕事だ。

 斗真はカウンターを挟み、客の正面で立ち止まる。


「それじゃお言葉に甘えて。あぁそう、バーテンさんはウイスキー飲める?」

「はい」

「じゃあウイスキーのストレートをバーテンさんに。話を聞いてくれるお礼ってことで」

「ありがとうございます。いただきます」


 注文の伝票を書いた後、カウンターの下からウイスキーを取り出す斗真。

 氷を入れたグラスにグラスに適量のウイスキーを注ぎ、チェイサーの水を用意する。

 ウイスキーとチェイサーを交互に飲むことで口の中がリフレッシュされ、一口ごとにウイスキーのおいしさが味わえるのだ。


「それじゃ話すけど。ボクさ、今日フラれたんだよね。一目惚れしてた女性に」

「……そう言うことでしたか。ため息を吐く気持ちも分かりますよ」

「その女性さー、凄いんだよね。努力家で頭も良くて美人でさぁ。その女性の彼女になれたなら、幸せ者だってみんなから祝福と嫉妬を食らうくらいに人望もあって」

「……なるほど。そんな女性を自分も知っていますよ」

「じゃあバーテンさんも思うでしょ? その女性を自分のモノにしたいって」


 その客は斗真に注文したウイスキーのストレートを飲みながら、しみじみと伝えてくる。

 伝票で確認したところ、客は4杯もウイスキーのストレートを飲み干している。かなりお酒には強い方なのだろう。


「正直に言わせていただきますと、他の男性には手はつけられたくないですね」

「話が分かるバーテンさんだ。だからさ、ボクは今日お誘いしたんだね。このBarに一緒に行こうって。ココって良い店だし、デートには持ってこいじゃない?」

「ありがとうございます」

 カウンターに手を付けながら頭を下げる斗真は加減のある浮かべる。バイト先を褒められる嬉しさを前面に出したいが、客から聞いている話は暗い。その間を取っての微笑である。


「でもさ、『お酒が苦手だから』って嘘つかれて断られたよ。まぁ、ここに一人で来てる時点でお察しの通りだろうけど」

「嘘をつかれた……ですか?」

「そう。大学で彼女が話してるのを偶然聞いた時があったんだけど、この店の常連らしいんだよ彼女は。普通、お酒が苦手なのに常連になろうとしないでしょ」

一理、、ありますね。お酒は無理に飲むものではないですから」

 

 断定しないのは客を気遣ってのことでもあり、お酒が苦手だと言う常連さんを把握出来ていないからでもある。


「喫茶店に誘っても『甘いものは苦手だから』って断られてさー。何度も断ってくるからムキになって彼女を怒らせちゃったよ。でもさー怒ることはないだろって思うんだよね。お誘いなんだしさ」


 度数の高いウイスキーを飲み、この話題に入ったからだろう。どこか愚痴るような声音を見せる。

 声を掛けた時とはどこか違う様子。酒の影響が少なからず出ているようである。


「お客様のお誘いを断るなんて……彼女はガードが固いんですね」

 斗馬は世辞でもなく本音を述べる。客の容姿は整っている。高身長の美男子系だった。


「彼女は男からの告白を全部断ってるだけじゃなく、誘いまで全部断ってて。モテ方バケモンでしょ。男からの告白を断りすぎて百合の気があるだなんて噂されるくらいだし」

「そ、それは凄いですね……本当」

「でもさー。そんだけ断ってる理由がようやく分かったよ。ってか、よくよく考えれば簡単なことだった」


 グラスを持ち、ウイスキーを飲み込んだ客を見た斗真は一番の可能性がある答えを口の出す。


「……彼氏が居た、ですか?」

「その通りさ。彼女は『看護科の天使』だなんて言われてるくらいに有名で。当然と言えば当然だった」

「っ!」

 突然のカミングアウトにぎょっとして客の顔を見つめてしまう斗真。そう、斗真は『看護科の天使』と繋がりがあるのだから……。常連が誰なのか把握した瞬間でもあった。


「だから騒ぎにならないように黙っていたんだろうけど……って、どうかした? バーテンさん」

「す、すみません。天使だなんて異名がついていることにびっくりしまして」

 何事もなかったように自然な言い訳をする斗真。

 知り合いだと言わなかった理由は一つ。追求されたくなかったのだ。

 もし、澪がしてきたことについて口を滑らせたのならトラブルになるのは目に見えている。


「バーテンさんも一度見れば分かるよ。マジで天使だから。彼氏いない方がおかしいレベルだし」

「それは気になりますね」


 澪に彼氏がいる。客から聞いたこの言葉にモヤッとした感情は生まれることはなかった。


 ーー昨日、言われたのだから。からかいだとしても……されたのだから。


『お部屋にあげるのが怖くないのはね……異性の中で斗真くんしか、、私のお部屋にあげるつもりがないからなのよ』


『手を握ったり握らせたり。私、斗真くん以外にそんなことしないし、させるつもりもないの。……私ってそこまで軽い女じゃないのよ?』


『私の特別は……斗真くんだから』


 そして、キスを。

 

 澪の性格的に、誘いを断るための嘘だと言うのは容易に予想出来る。


 こんなことをされて、『澪が自分のことを好きなのかもしれない』と思うのは仕方がない。いや、澪のことを少なからず知っている斗真はそう思っていた。が……もし斗真の片思いで告白を断られたのなら、今の関係性は簡単に崩れてしまう最悪の展開になってしまう。

 その恐怖が脳裏を掠め、告白の勇気が持てないのだ。


「ーーね、聞いてる?」

「は、はい? すみません。なんでしょうか?」

 完全に自分の世界に入っていた斗真。『今は仕事中だ』と、気持ちを切り替える。


「本当はさー。狙ってたんだよ」

「狙ってた……とは?」

「一発ヤるってことさー」

「……ク」

 そんな矢先、一番聞きたくなかった言葉が放たれる。斗真は思わず唇を噛み締めてしまう。


「あんな上玉とヤれるなんて日はこの先ないだろうし、今日もし来てくれたなら強い酒ガンガン飲ませて泥酔させてやるつもりだったのにさー」

 お酒の力で本性が現れたように胸糞悪い発言が飛び出る。斗真の感情を揺さぶるには十分だった。


「……止めさせていただきます。その時は」

「そこは止めないでくれよー。まぁ、店側からしたらそうなるかー!」

「当たり前ですよ」


 抑揚のない声。接客中に出すようなものではないが、これが斗真の精一杯だった。怒気を必死に抑えるように利き手に力を込める。カウンターの下に利き手を落とし誰にもバレにもばれないように。


「あー、そうそう。バーテンさんに彼女いないの? 普通にカッコいいしモテてるでしょ」

「……お世辞をありがとうございます。いませんよ」

 この客から距離を置きたい気持ちを我慢し、いつも通りの接客を意識する。

(これも仕事。仕事なんだ)

 そう暗示をかけて。


「じゃあ好きな女は?」

「それなら……いますよ」

「じゃあその話を聞かせてもらおうかねー」


 ここで客の口調は完全に変わった。『聞いてもいい?』と疑問から入るわけでもなく横暴さが伺える。

 これがお酒の怖い力。

 一般的に『酒癖が悪い』と言われているこの現象。しかし、酒癖の悪さで出た態度、思惑こそが、その人間が持っている本性だと斗真は考えている。


「お客様と同じです」

「エ?」

「お客様が一目惚れした女性と同じような方を好きになりましたよ」


「はぁー。フラれたボクだからこそ言えるけど辞めてた方がいいって、マジで。そんな女はマジでガード固いし、彼氏いるだろうし」

「……」

「付き合う方法としたらBarとかで泥酔させてー、ホテル連れ込んでー、ヤってるところ写真に撮ってー、脅してー、付き合うぐらいだってー」

「お客様……。そのような発言は今後一切おやめください」

 ピキ、と額に青筋が浮かべた斗真。

 好きになった澪のことを、客はこんな計画を企てていたのだ。


 怒りを我慢するのはもう限界。これ以上はもうーー

「斗真ちゃん」

「はっ……!」

 そんなタイミングで名を呼ばれた。この店のマスター、美希に。


「裏、下がりなさい」

「……」

「下がりなさい。早く」

「……分かり、ました。申し訳ありません……」


 有無を言わせない命令だった。

 斗真は俯き謝りながらstaffスタッフ roomルーム。に向かう。美希の判断は何もかも正しい。頭を冷やさせるために時間を与えようとしたのだから。


「お、次は美人さんがボクの相手してくれんのー?」

「もちろん。楽しみましょう?」

「しゃー」

 staff roomスタッフルームに入る際、能天気な客の声を聞き、苛立ちのあまりカラダを震え上がらせる斗真。


 ****


 深夜0時。

「……たくさん我慢してくれたわね斗真ちゃん。本当に偉い。ありがとう」

 美希は斗真の肩にポンと手を置き、優しくなだめるのであった。




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