第42話 澪の本性と素直な気持ち

 みんなは好きな人はいるだろうか。 

 ーーボクには好きな人がいる。大学一年生の頃から気になっていて、いつの間にか好きになっていた。


 それは、ボクと同じ麗常看護大学に通っている一人の女性だ。


 その人は凄いんだ。

 人柄も良い。成績も良い。学生からも先生からの、信頼と評判がある。大学一といっても過言ではないくらいに。


 この前の看護実習では、『あなたの看病を受けられるなら、幸せに天国に行けるねぇ』なんてご年配の方に褒められていた。

 実際、ボクもそう思う。


 彼女の父親は大病院の院長との噂もある。

 実際それはどうか分からないけど、そんな地位にある彼女は高飛車な態度を一度も取ったことがなかった。


 人間性が綺麗だけでなく、容姿も本当に美しいんだ。


 そんな彼女はもちろんモテる。モテ過ぎて『天使』だなんて異名がある。他の大学から告白してくる男が出てくるくらいにモテるのだ。

 でも、わざわざ他の大学から告白する気持ちは痛いほど分かる。ボクも惚れてしまったんだから。


 でも、彼女は男に興味がないと流言されている。彼女は今までの告白を全て断っているから。

 結果、百合の気があるとまで言われているが……それは違う。

 告白に失敗した男達が断った仕返しとして変な噂を流しているだけなのだ。


 やっかみがある分、モテすぎるのも大変だろう。

 それでも彼女は今までに嫌な顔を見せたことがない。本当に凄い人だ。


 そんな彼女は今、放課後の図書室で静かに勉強をしていた。たった一人で、勉強している努力を見せるわけもなく。

 黙々とペンを動かし続けている彼女に、ボクは感銘を受けた。

 ただ、勉強しているだけなのに綺麗な横顔を見つめてしまう。


 好きになってしまうって、本当に不思議だ。

 ボクは深呼吸をして、彼女に歩み寄った。あくまでいつも通りを装って。


「隣に座ってもいいかな? みおさん」

「えっ?」

 宝石のような綺麗な瞳がボクに向く。いきなり声をかけたことで驚いた顔をしていた。


「……勇人くん。別に構わないわよ。公共の場でしょう?」

「そうだね。ならありがとう。いつも勉強頑張ってるね」

「学生は勉強がお仕事だもの。怠るわけにはいかないわ」


 ボクとみおさんは残念ながらクラスメイトではない。隣のクラスで同い年だ。

 少し前、ボクが声をかけたことで話せるようになった。

 今は友達と呼べる関係にある……と言いたいが、みおさんにとっては違うだろう。

 だって、ボクが隣に座った瞬間に椅子を少しだけ横にズラして距離を取ったから。ボクに対して警戒心を持っている証拠だ。


 ボクは思う。このみおさんの警戒心を取り払えた男はさぞ幸せだろうな……と。

 きっと、特別な人にだけ見せる一面があるだろうから。


「昨日は熱が出たって聞いたんだけど大丈夫だった?」

「心配をかけてごめんなさい。大丈夫だったわよ。私専属、、、の看病人がいたから」

「せ、専属って……流石はみおさんだね」

(家政婦さんを雇っているだなんて、やっぱり父親は院長さんをしているのかなぁ)

 お金を持っていなければ家政婦を雇うことはできない。当然の思考だ。


 でも、『私専属』の部分を強調したのはなぜだろう。


「それで……勇人くんはどうしたの?」

「え、えっと……まずはごめん。みおさんの勉強の邪魔をする形になって」

「気にしないで。また集中すればいい話だから」

「助かるよ。ありがとう」

『また集中するから』と当たり前の顔で言うみおさん。それがどれだけ大変なことなのか、ボクどころかみんなが知っていること。

 本当に優しい人だ。


「みおさん。今日って予定なにか入れてる?」

「ごめんなさい。入れているわ」

 ーー即答だった。

 でも……ボクは諦めきれない。みおさんは一人っきり。どこかに誘う絶好のチャンスなんだから。


「す、少しだけでも時間作って欲しいんだ。ボクさ、最近Barにハマっててみおさんにオススメの場所を紹介したいんだよね。みおさん前にお酒の話してたでしょ?」

「盗み聞きは良くないわね、勇人くん」

「偶然聞いちゃってさ!」


 みおさんは整った細い眉をしかめ、ボクは焦る。

 誘い文句でしたばかりに盗み聞きがバレてしまった。印象悪く映ってしまったのは間違いないだろう。でも、こんなところで挫けたりはしない。今日はみおさんを誘う決意をして彼女を探し回ったのだから。


「それでどうかな? ボクオススメのBarにさ」

「因みにそのBarの名前を聞いても良いかしら」

Shineシャインって店なんだけど、みおさんは知ってる? 隠れた名店って言われれててね」

「ふふっ、そこなら知ってるわよ。良いお店よね。店員さん、、、、も優しくて気遣いが出来る人ばかりだから」

「し、知ってるの!? その通りだよ!!」


(ま、また……だ)

 次は『店員さん』の部分を高調したみおさん。これは気のせいなんかじゃない。

 みおさんのことだからなにかしらの意図があるのだろうけど……何も分からない。


「だ、だからさ! ボクと一緒にそのBarに行こうよ。今日にでもさ!!」

「ごめんなさい。私、お酒は好きじゃないのよ。それに用事があるって言っているでしょう?」

「そ、そこをなんとかさ! って、え!? でもこの前はお酒について……」

「お酒について……何かしら?」

「……あ、はは……」


 みおさんは柔和に表情を崩した。目を笑わせることなく……。

『これ以上は聞かないでよね』とでも言うような圧を放ちながら。

 ボクはそのオーラに負け、苦笑いしかできなかった。


「じ、じゃあ喫茶店にでもどう? パフェとか奢るからさ!」

「甘いものも苦手なの。糖質も気にしているし」

「そこ、コーヒーとかもあるからさ! きっとみおさんも喜んでくれると思うんだ!」

「遠慮するわ」

「じゃあ映画館とかは!? なんなら散歩でもいいし! だからさ、少しだけでもさ!」


 ボクはムキになっていた。どうにかしてみおさんから『行く』との声を聞きたかったから。

 みおさんは今までに男の招待を全て断っている。ボクは初めての男になりたかった。

 でも、その考えを抱いていたことは愚かだった。


「勇人くん、私は言っているわよね。予定を入れているって」

「ッ!!」

 マ、マジか……。ボクは初めて見てしまった。

 怪訝な顔をさせたみおさんを……。いいや、違う。みおさんの憤った顔を……。


「要件が終わったのなら、私は勉強に戻るわ」

「ま、待ってよ! ど、どうしてさ!? どうしてみおさんは誰からの誘いにも乗ったりしないのさ!」

 逆ギレのようなことをしてしまう。この時だけアレに同意したボクはまだまだ未熟だった。誘いを断られてありもしないみおさんの噂を流すことに……。


「お誘いは嬉しいわよ」

「…………」

 嬉しいなんて嘘だ。感情もこもっちゃいない。分かり易すぎる。

 どうして……どうしてここまでお誘いを拒絶するのか。次の発言で明らかになった。

「でも、が嫌な気持ちになると思うから。私の宝物だから、彼が嫌がることは絶対にしたくないの」

「エ……」

 いきなりの爆弾投下だった。ボクは……棒のように固った。


「い、今、彼って言った…………?」

 頭が真っ白になる。みおさんから放たれた。『彼』のワードで。


「え、え、え……? み、みおさんに彼氏さんっていたんですか…………?」

「ふふっ、そんなに追求しないでちょうだい。……惚気、出ちゃうから」

「そ、そんな……。そんな……」

 知りたくなかった真実を知ってしまった。

 みおさんに彼氏がいたから今までのお誘いを、告白を断っていた……と。

 これは、嘘じゃない。みおさんは今、乙女の顔をしてるから……。

 ずるい、みおさんの彼氏がずるい。こんな顔を毎日見ているなんて……。


「ボクはこれで帰るよ……」

「ええ。また明日」

 ボクはショックのあまり、みおさんの言葉に返事をすることなく図書室を去ってしまったのである……。


 ****


「ふふっ。彼って男性の代名詞だけれど誤解しちゃうわよね」

 再び一人になった空間。澪は天井を見上げ……独言する。


(もう私……斗真くんのことしか考えられなくなってるわ……)

 目を瞑り、昨日のことを鮮明に思い出す……。

 私から斗真くんの口にキスをしたこと。あの時の感触。

 そしてーー反撃をされてしまったこと……。


『澪さん。……だって男なんです。からかうのも大概にしてください』

 足湯をしていて動けなかった私をいきなりベッドに押し倒して……。凛々しい顔を、鋭い瞳を私の視界いっぱいに映して……。


 あの時、抱きしめれば良かった。

 でも、斗真くんに見惚れてしまっていたから、その思考に至ることは出来なかった。本当に勿体無いことをしたって思う。


『す、すみません。……こんなこと』

 私の体感だと1分以上。でも実際は数秒だと思う……。斗真くんは申し訳なさそうに呟いていて身体を起こした。


『俺、もう帰ります……。これ以上は……保ちません……。もう嫌なことさせたくないです……』

『……』

 保ちません。それは理性を指している言葉。


 私は悔恨の思いが三つある……。


 優しく押し倒された時、「嫌なことじゃないよ」って斗真くんにいえば良かったこと……。


「待って」って引き止めれば良かったこと……。

 

 そして、斗真くんを私の家から帰さなければ、、、、、、良かったこと……。


 そうすれば、一線を越えられただけでなく……もっと大好きになった斗真くんと長い時間一緒に居られただろうから……。


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