第24話 side澪、斗真との帰路(3)

 太陽は完全に沈み、月明かりが街に優しく注いでいる。

 TRIYLのセルフレジでお会計を済ませた私と斗真くんは、肩を並べながら帰路をたどっていた。


「と、斗真くんって、たまに強引になるわよね……。買い物袋、私が持つのに……」

「強引にもなりますよ。澪さんは不満に思うかもしれませんが、自分にも譲れないプライドがありますので」

「もぅ……」

 斗真くんが持っている買い物袋に視線を向けて、私は不服な声を上げる。斗真くんは私の荷物を強制に奪ったのだ。『自分が持ちます』と一点張りを見せて。


(そんなこと言われたら甘えてしまうじゃない……)

 男性だからと荷物を持つ。男性の方が筋力があるから、と。

 確かにそれは間違っていないことで、重い荷物を持ってくれることは有難いこと……。


 でも、年上の私は年下の斗真くんに甘えたくなかった。


「ずるいわよね、斗真くんって。……そういうところだけ男性らしいところを見せて。コンビニで会った時はチョコレートとシュークリームなんて子どもっぽい買い物してたのに」

「もう忘れてくださいよ……。そのことは」

「あ。良いことを思いついたわ。私の荷物を奪った罰として、これからBarでは『230円のチョコシュー君』って呼ぶことにしようかしら」

 Gharaガーラの板チョコ約100円。シュークリーム約130円。計230円と商品の名前をがっちゃんこさせて私は言う。


「そ、それだけはやめてください……」

「じゃあ、荷物を渡しなさい」

「嫌です」

「じゃあそのあだ名で呼ぶわよ?」

「それも嫌です」

「……」

「……」


 私が無言になったことで斗真くんも口を閉じた。ただ、その代わりに斗真くんと視線が絡み合う。


「……頑固すぎよ、斗真くん」

「……澪さんもじゃないですか」

「斗真くんが折れればいい話じゃない……」

「澪さんが折れてください」

「……わ、分かったわよ」

「はい」

 その強引さに思わず折れてしまった私……。でも、斗真くんに優しさに触れて心の中はぽかぽかと温かかった。


「……私が先に折れたことで勝ち誇ってる斗真くんに、一つだけ良いことを教えてあげるわ」

「か、勝ち誇ってはないですよ……って、良いことですか……?」


 斗真くんは知る由もないでしょう。その優しい行動が、私に取って不安要素、、、、でしかないことに。

 だから私はあえて『良いこと』と言葉を濁した。こうして斗真くんから聞き返されることを見越して……。


 全てはこの会話を印象強いものにさせるため。少しでも長く記憶に留めさせるために。


「……女性の中にも、女性扱いをされることがイヤな人がいるのよ」

「えっ!?」

 ーー私は言う。斗真くんを他の女性には渡したくないから、、、、、、、、……。絶対に。


「例えば……、そうね。こうして荷物を持たれるのがイヤな人とか」

「ちょ、え……え!? それは本当のことですか? 自分、初耳なんですけど……」

「イヤなことをイヤだと言える女性ってなかなかいないでしょう?」

「……な、なるほど。だからですか……」

 斗真くんは納得したように首を縦に振った。


 ーー女性扱いをされることがイヤな人。

(……私は嘘は言っているわけじゃない。現に女性扱いをされるのがイヤな人もいる。でも、これは極々、、少数派……)


 だから本当は言わなくてもいいこと。

 しかし、斗真くんが私にしているような行動を他の女性に取ったのなら、その相手は嬉しくなるに違いない。

 もしかしたら斗真くんを異性として意識するかもしれない。彼氏にしたいなんて思いが湧き出てくるかもしれない。


(この、私みたいに……)

 だから阻止をしたい。斗真くんがこんな優しい行動を誰にでも取ることを……。


「勉強になりました。そういう女性がいることを知りませんでしたから」

「……」

 純粋な斗真くんは簡単に信じた。いや、信じることが分かっていたからこそ私は言った……。


 卑怯者なのかもしれない、私は……。抜け駆けしようとしているから……。

 でも、でも……こうしてしまうのは仕方がないとも思う。


 斗真くんが私以外の女性にこのような扱いをしてほしくない……。このような優しい対応をするのは私だけにしてほしい……。

 そんな思いがどんどんと強くなっているから……。


「あ、あの……。この機会に聞くんですけど、澪さんは女性扱いをされるのって嫌なんですか……?」

「ご、ごめんなさい。こんな話をしたらそう思うわよね……」

「はい……」

「わ、わ私は嬉しいわよ……。ほ、本当に……」


 斗真くんからこのように聞かれることは予想の範疇はんちゅうだった。どのような返しをしようかも考えていた。

 それなのに……口に出そうとした途端、気恥ずかしさが襲ってきた。そして、ぎこちない返事をしてしまった……。


「本当ですか? 自分に気を遣っているわけじゃありません?」

「わ、私はイヤなことはイヤってちゃんと伝えるわ……。伝えていないってことはそう言うことよ……」

「……ほっ。それなら良かったです。澪さんが嫌がること、自分はしたくないですから」

「っ!!」

 安心したように息を吐いたと思えば、いきなりのスマイルを向けられる。屈託のない、子どもが浮かべるような……そんな可愛い笑顔……。


(あぁもう……っ! そのセリフを吐きながらそんな顔を見せないでよ……)

 斗真くんは鈍感だから困る……。

 私がどんな気持ちになっているのか、分かっていないからずるい……。本当にずるい……。


(これじゃあ、七海と一緒に考えた作戦、、が出来ないじゃない……。私より、卑怯よ……こんなの)

 心音が……身体に、頭に響く。隣にいる斗真くんに聞こえそうなほどに激しい。


 この胸の高鳴りをどうにか落ち着けようとする私……。

 今日、斗真くんをお買い物に誘った理由はこの作戦、、、、を実行するため。少しでも私を意識させるため……。


『作戦延期』という言葉は私の頭にはない。今日しなければ、次に出来るか分からないもの……。

 だって、斗真くんが好きって想いが今日だけでさらに強くなったから……。

 私がその感情を抑えるために、ぎゅっと胸を抑えた途端のこと。

 録音テープから再生されるように七海の声が脳裏に聞こえてきたのだ。


『一人のオンナ、、、として意識してもらうには勇気を振り絞って自分から接点を作りに行かなきゃだーめ。斗真君をどこぞの馬の骨ともしらない女に取られたら一生後悔するぞー?』


 この作戦を立てる前に、七海から聞いた言葉……。

 そして、「勇気を持っていかんかい!」と、力強く肩を叩かれた気がした……。


 錯覚だとは理解している。でも、私はこのおかげで少しだけ勇気を持つことができた。


「と、斗真くん……」

「どうしました?」

 私の顔は紅潮している。顔が焼けるくらいに熱いから分かる……。斗真くんに気づかれるくらい赤くなっていると思う……。

 でも……良い。斗真くんからそんなツッコミを入れられても……。一生後悔するより、全然辛くないから……。


「荷物……重いでしょ」

 私は確信を突くように言う。買い物袋は一つ。でも、もう一つ袋を使ってもおかしくないほどの量だから。


「ま、まぁ……重くないって言ったら嘘になりますかね……。でも大丈夫ですよ。そこまでキツいわけじゃありませんから」

「……私、イヤよ。斗真くんがキツい思いをしているのは……。例え、少しの間でも」

「えっ……」

「だから……私も持つわ。これは私の荷物でもあるもの……」


 私はそっと、ゆっくりと手を伸ばす。斗真くんが持つ買い物袋に……。


「……こ、こうした方が……、斗真くんも楽だから……」

「なっ……!?」

 そうして、買い物袋の持ち手を私も掴んだ。この瞬間に斗真くんの左手が触れる……。温かくてゴツゴツとした大きな手が、私の右手と……。


「……斗真くんの手、大きくて温かいわ……」

「あ、ありがとう……ございます…………」


 私はここから喋らなかった。いいえ、激しい緊張で喋れなかった……。斗真くんも声を出すことはなかった……。

 でも、その沈黙はなにも気まずくはない……。

 出来ることならこの時間がずっと続けば良いのに……。なんて思うほど、心地良い帰り道だった……。


 ****



「あ、あああ……ああああ……、あれ、あれ! 愛、あれ!!」

「ど、どうしたの? なつみちゃん」

「あそこ、あそこだって!」

 ーー斗真の妹、梅の友達である愛と夏美は塾に向かっている矢先、その現場に偶然居合わせていた。


「あ、うめちゃんのおにいさんと……。え、あれは……も、もしかして……」

「か、彼女だよね、絶対……」

 タイミングが悪いのか悪くないのか、愛と夏美は斗真と彼女らしい女性が一緒に買い物袋を持っているところを目撃したのだ。


「す、すごい美人……さん……」

 愛は斗真が連れている女性を見て、ぽかんとしながら思ったままの感想が漏れていた。

「って、え。ウソ待って……。あの女の人、ワタシ知ってるんだけど……」

「なつみちゃんが……?」

「だ、だってご近所さんの超有名人だし……」

 愛同様、呆気に取られている夏美は棒立ち状態のまま口を動かした。


「看護科の天使……。告白してくる男をバッサバッサ斬ってる、ウルツァイトちっか化ホウ素の城……」

「ウル……ツア……ホウ素?」

「ウルツァイト窒化ちっかホウ素……。地球上で最も硬い物質……。ガ、ガードが世界一硬い女性って噂されてる人だよ……。ウメちんの兄ちゃんが連れてる人……」

「えっ……」

「…………」

 その噂とは全く異なる光景を見た愛と夏美……。こちらもこちらで静寂に包まれていたのであった……。


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