第34話 酔った斗真と真夜中の帰り道

 そうして時は過ぎーー時計の短針と長針が『12』の数字に交わる。

 バイトの終了時刻の0時である。


「で、では美希さんありがとうございます……。澪さんも家まで送ってくれるようでありがとうございます……」

 美希が予想していた通り、斗真は酔い状態になっていた。 

 そんな状態になっていても帰り際まで、澪を付き添わせるとの美希の発言に「大丈夫ですから」と抵抗していた斗真だが、結局押し切られたのだ。


「気にしないで大丈夫よ、斗真くん」

「斗真ちゃんかなり酔ってるようね……。その状態で丁寧な接客をしてたってことはかなり無理してたでしょ」

「そ、そんなことはないですよ……」

「そんなことがないわけがない」

 酒酔いをどうにか我慢し平常心を保とうとしている斗真であるが、顔色の悪さを元に戻すことはできない。



「……す、少し嘘をついたのかもしれません。はは……」

「少しの嘘じゃない。大嘘」

 二度に渡ってバッサリと一刀両断する美希。今の斗真の状況、そしてこの店のマスターがこう言うのだから間違いはない。


「すみません……」

「油断も隙もないんだから、斗真ちゃんは。気分が悪い時にまでアタシやみーちゃんに気を遣わなくていいの。もし次にアタシとみーちゃんに気遣ったりでもしたら一ヶ月間、ここでのバイトを禁止します」

「っ、分かりました……」

 片手を腰に当て心配した面持ちで斗真を見つめる美希。厳しい言葉をかけているが、その表情からは『そこまで無理をしなくても良かったのに』なんて気持ちが伺える。

 斗真を心配しているからこその対応なのだ。


「みーちゃんが一緒だから安心して帰らせられるけど、もしアレだったらタクシーを呼んでね。その代金はアタシが出すから」

「はい」

「……」

『タクシーの代金なら出します!』なんて口を挟みたげな斗真だが、気を遣ったら一ヶ月間バイト禁止の条件がかなり効いているのろう。口を強く縛っている。

 その一方で体には少しだけふらつきがある。


「と、斗真くん。私の肩掴んだ方が楽になるわよ……?」

「……す、すみません澪さん。失礼します」

「……っ、うん……」

『大丈夫ですから』と、否定から入る斗真はそこにはいない。信じられないほど素直に澪の肩に手を置いてくる。


「あとはよろしくお願いね、みーちゃん。斗真ちゃんも今日のお仕事お疲れさま」

「お、お疲れ様です……。今日もありがとうございました」

「お疲れさまです」

 頭を下げた斗真と共にShineシャインの出入り口に向かう澪だったが、不意に顔だけを美希に向け……声を出さずに口を動かした。


『頑 張 っ て き ま す』

 ーー澪の口の形からきちんと読み取った美希はニッコリとした笑顔を返すのであった。



 ****



 星が瞬く音も聞こえてきそうなほどの静寂。深夜の街並みに足音を鳴らす私は、ゆっくりとした足取りで斗真くんを家まで送り届けていた。


「斗真くん……大丈夫?」

 斗真くんを尻目に見ながら私は問う。

 あれ以上お酒を飲まなくて本当に良かったって思う……。

 私にも少しの酔いが回っているせいか、いつも以上に心臓がドキドキしてしまっている。

 悪趣味なのは承知だけれど、斗真くんの弱った姿ーー新しい一面を見れて少しだけ嬉しかった。


「な、なんとか家までは帰れそうです。普段はこうならないためにもお酒を抑えているんですけど……申し訳ないです」

「斗真くんはもっと自分を大事にしなきゃダメよ……。相手を喜ばせる接客するのが間違いだとは思わないけれど、それで自分が無理をしたら本末転倒じゃない」

「そ、それはそうかもしれませんね……」

「そうかも、じゃないの。そうなの」


 美希さんとのやり取りを真似た私は斗真くんに注意喚起する。別にこうして斗真くんを家に送り届けることが迷惑だから言っているわけじゃない。

 ただ、斗真くんが無理するようなことはさせたくないだけ……。


(……でも、斗真くんは私の言うことを聞かないでしょう。斗真くんは誰よりも優しい人……。その接客でお客さんが喜んでいるのならやめることはしない……)


 正直、今の不満を斗真くんに言いたい。

 自分が無理をする接客がずっと続けられるはずがない。体が持つはずがないじゃない……と注意して思い知らせたい。


 今回の件、美希さんは斗真くんの自己責任だと言っていたけれど、全部が全部悪いわけじゃないと思う……。

(私なら……私なら、斗真くんに無理をさせるお客さんにはならないのに……)

 これだけ斗真くんにお酒を飲ませた常連のお客さんにムッとしてしまった。


「ありがとうございます……澪さん。でも、大丈夫ですから」

「えっ……」

 突然のお礼を言われ状況を掴めなかった私は、斗真くんをまじまじと見つめてしまう。思わず足を止めてしまった。


「これは自分が悪いだけですから……」

「と、斗真くん……」

 この瞬間、斗真くんが怒りの感情を私が抱いたことに気が付いていたことが分かった。

 顔に出していたつもりはないのに一体どうして……。どうしてこんなにも斗真くんは鋭いのに、私の気持ちは察せないのだろう。


「自分のために怒ってくれる人は家族以外で澪さんだけですよ。だから嬉しく思います……」

「……っ」

『ドクン』

 酔いで辛そうながらも微笑を浮かべてくる斗真くんに私はノックアウト寸前だった。


 顔が熱い……。胸が苦しい……。もう斗真くんの顔を見ていられない……。

 私は顔を逸らして斗真くんと一緒に歩みを進めた。


 あと数秒、数秒間……斗真くんの顔を見てしまったら私はもう自制が効かなくなっていただろう……。私の思うがままに行動してしまっていたと思う。


「と、斗真くん……。私の肩を支えにするだけじゃなくて、私に寄りかかって歩いてもいいわよ……」

「寄りかかる、ですか?」

「うん……」

 ーー私の思考はお酒の影響で鈍くなっていた。気付けなかった。

 この発言をしている時点で、私の自制が効かなくなってるいたことに……。


『送る際の注意点だけど……斗真ちゃんに過度なくっつきはしないようにね。あの斗真ちゃんとは言えど、お酒が入ってる分なにをしてくるか分からないから』

 ーー美希さんとの注意点を破った。

(それでも、好きな人とならそんなことをしてもいい……)

 その感情が溢れてくる感覚が分かる……。


「それは大丈夫です……。澪さんのおかげで十分楽にさせてもらってますから」

「斗真くんにそうしてほしいのよ……私は。無理をさせたくないの」

「自分の方こそ澪さんに無理はさせられませんよ。……大切にしたいですから」

「……っ!!」

「……だから、このままで」

「うぅ……っ。うん……」


 喋り口調はいつも通りに近い斗真くんだけど、お酒に酔っているのは間違いないのだ。今、自分が何を言ったのか……焦るどころか疑問にすら思っていない。

 お酒の力で普段隠してるだろう本心を聞くことができた……。


 だからもう私は我慢ができなくなってーー

「斗真くん、そこの公園で一旦休憩をしていきましょう。私、少しだけ腰を下ろしたいの」

 あんなこと……、『大切にしたい』だなんて言われたら、斗真くんを家に帰したくなくなる……。この時間をずっと続けたくなる。斗真くんとずっと居たくなる……。


「すみません、自分が体重をかけてるので負担になってますね……」

「ううん、そうじゃないの……」

「そう、じゃない?」

「…………まだ、斗真くんと離れたくない……から」


 肩に置かれている斗真くんの手に、自身の手を重ね……私はぼそり口を開いた……。










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