第33話 過去と斗真とオトナの妄想

「……も、もしかして、もしかしてだけれど……七海は斗真君のこと……好きになったり……したの?」

「ッ!?」


 ーー今朝のこと。

 私の言葉に七海は息を呑んだ。……七海はこの話題に触れるつもりはなかったのだろう。でも、もし私の予想が当たっているのなら言わなきゃいけない言葉がある。

 だから言うしかなかった……。


「そ、そそそそんなことないじゃん! だってうち、たった一回しか斗真君に会ってないんだよ!? す、好きになるなんてことないよ!」

「一目惚れって言葉があるように、好きになるのに会う回数は関係ないわよ。七海は斗真くんに優しく慰められたのでしょう? 言い方は悪いけれど、弱みに付け込まれたら好きになる可能性は十分にあるわ」

「そ、それは……えっと……」

 露骨に視線を逸らしてぎこちない言葉になる七海。その頰はどこか赤くなっている。


 ーーこんな反応を見せる七海を私は初めて見た。


「斗真くんはいろいろと鋭いの。好意を読み取る部分では超鈍感さんで不思議なところではあるけどね」

「う、うん。なんとなく分かるよ、ソレは」

「斗真くんはお客さんが落ち込んでいる時、親身になって気遣ってくれる。お客さんが気分が良い時には一緒になって喜んでくれる。……素敵よね、一人一人を満足させるために対応を変えられるってことは。……七海も元カレさんを引きずらずに登校してくれたものね?」


『好きになりやがって……!』なんて七海を責めているわけじゃない。斗真くんのおかげで七海がいつも通りの姿でいる。これは喜ばしいことに違いない。


「あ、あはは……。そ、それは間違い無いかなぁ、なんて」

「私の親友まで惚れさせちゃうなんて……これは斗真くんを一発叩かないと気が済まないかもしれないわね……もぅ」

「あっ、やっ……うちは別に斗真君のこと……」

 モヤモヤした気持ちは当然ある。でも、七海も斗真くんの魅力に気付いてくれた部分に関しては嬉しくもある。この感覚を言葉にすることは出来なかった。


「今まではイヤイヤ言ってたけれど、別に構わないわよ。七海が斗真くんのことを好きになったとしても」

「えっ……な、なんでさ!? なんでそうなるの!?」

 七海は動揺しながら食い付いてくる。

 今まで私は『斗真くんにだけは会っちゃダメ』なんてずっと言ってきた。『七海が斗真くんのことを好きになったらどうするの?』……と。


 この反応は、その発言に対しての疑問でもあるのだろう。


「……だって、親友に譲るために、親友のためだからって好きになった人を諦めるのは一生の後悔が残ることだと思うから。そうでしょう?」

「一生の、後悔……」

「これは七海が私にくれたアドバイスよね。そのアドバイスをお返しする番だって思ったの。……それに、私が斗真くんと確実に結ばれる保証もない。別の女性に取られるぐらいなら、七海が斗真くんを取ってくれた方が嬉しいわ」


 これは私の本心。不思議だとは思うかもしれないけれど、斗真くんを取られるなら親友の七海に取ってほしい。そして、幸せな日々を過ごしてほしい。

 でもーー

「私は負けるつもりはないけれどね? 相手が七海でも、他の女性でも。恋愛経験はないけれど私は私なりに頑張るつもり。だから七海も私に遠慮する必要はないのよ」

 これが、私の伝えたかったこと。無事に伝えられたからこそ私は笑顔を浮かべられた。


「……ありがと、みおちゃん」

「ええ」

『キンコーン』

 そうして話の終わりを告げるようなタイミングで一限目の始まりを知らすチャイムが鳴る。


 私たちの中に険悪な空気はない。それどころかお互いにスッキリした気持ちだった。


 私の本音を聞いた七海は遠慮をしないだろう……。これは私にとっての危機。その事実によって私の闘志が燃え盛っていた。


(斗真くんのこと、一番好きなのは私だもの……。負けたくない……絶対に)


 その気持ちが先行した私は、斗真くんにメールを送ることを決意したのである。


 ****


「そんなことがあったのねぇ。なかなかに男気がある行動をしたみーちゃんだとは思うけど……大丈夫なの?」

「不安だらけです、正直……。取られたくはないですから……」

 Bar、【Shine】のカウンター席に座りマスターの美希に今朝の話をする澪。

 憂慮の面持ちのまま、二杯目のルジュカシス・オレンジを口に含んだ。


「その不安から斗真ちゃんと約束をして一緒に【Shineココ】に来たわけ……か。アタシはみーちゃんを応援してるけど、これでグズグズしてられない状況になったのね」

「はい……」

「聞きにくいことを聞くんだけど、ご親友は本当に斗真ちゃんのことが好きになってるの?」


「好きになりかけてる……と思います」

「なりかけ……ねぇ。斗真ちゃんが犯罪とか犯したら気持ちが完全に冷めるかもだけど、本人はそんなことをするようなタイプじゃないと思うし……」

 美希はカウンターからチラッと横目を向ける。

 現在、【Shine】に来店している客は澪を含め三人。残り二人の客は常連で斗真と一緒に酒を飲みながら楽しげな空間を作っている。


「アタシからアドバイスをあげるとしたら積極的になれ! ってことくらいね。とりあえず、今日のミッションを与えるとするなら……斗真ちゃんを家まで送ることね。もちろん玄関先まで」

「げ、玄関先までって……い、いきなりそんなこと……」

「玄関先まで送る理由ならちゃんとあるじゃない」

 傷一つない艶のある爪をグラス指した美希。澪と目が合うと両口角を同時に上げた。


「今、斗真ちゃんがお客様と飲んでいるお酒の名前だけど、ロングアイランドアイスティって言ってね、紅茶は使ってないのに紅茶の味がする不思議なカクテルよ」

「ロングアイランドアイスティ……ですか?」


「うん。ここからが本題になるんだけど、このカクテルにはウォッカ、ラム、テキーラ、ジンっていう四種類の有名なお酒を使ってるんだけど、アルコール度数が全部高くってね。……斗真ちゃんはあまりお酒が強い方じゃないから、あと一杯いけば確実にーー」

「ーー美希さん。38番をもう3杯お願いします」

「38番ね、分かったわ」

 と、言い終わる前に斗真からの注文が入った。美希は慣れた手付きで注文通りのカクテル、ロングアイランドアイスティを作り再び澪の元に戻ってくる。


「はい、これで斗真ちゃんには一緒に帰る相手が必要になりました。あのお酒は飲みやすいのにアルコール度数が高いからすぐに酔っちゃうのよ。見て、斗真ちゃんの顔」

「あ……顔、赤くなってる……」

 美希に促され、顔を横に向ける澪。遠目からでも分かるくらいに斗真の顔はお酒の影響で赤みが差していた。


「どっちにしろ今日は斗真ちゃんの家まで送るようにってみーちゃんに命令するつもりだから逃げ場はないからね? 今のうちに覚悟決めときなさい。これは斗真ちゃんと距離を縮められるチャンスでもあるんだから」

「そ、そうですよね……。ありがとうございます」

「お礼は付き合って言ってねー?」

「ぅ、はい……」


 斗真とは離れた距離にいるが、同じ空間でこのトキを過ごしている。少しでも美希が声量を上げたのなら斗真に聞こえてしまうだろう。


「あ、送る際の注意点だけど……斗真ちゃんに過度なくっつきはしないようにね。あの斗真ちゃんとは言えど、お酒が入ってる分なにをしてくるか分からないから」

「なにをしてくるか分からない…………」

「みーちゃん、それは駄目」

「っっ!?」

 想像の世界に入った瞬間だった。美希から発せられた凛とした声に澪は我に帰る。


「今、よこしまなこと考えてたでしょ。焦る気持ちは分かるけど、みーちゃんらしくはないよ」

「ご、ごめんなさい……」

「そういうコトは付き合ってからにしなさい? お酒が入ってて尚且つカップルじゃない時の行為は激しくされるのがオチよ。痛い思いをする」

「……は、激しく……」

 ーー頬を染め、ぼそり。


「みーちゃん!?」

「なっ、なんでもないですっ!!」

「もう駄目、駄目! このお酒は没収ね。お金は返すからおつまみを食べときなさい。正常を保ててないと酔いが入った斗真ちゃんの相手をするのは困難だから。アタックをかける場合は特に」

「わ、分かりました……」

 

 完全に思考を読まれていると察したのだろう、耳を真っ赤にしながら俯く澪はカクテルを前に出した。


「よろしい」

 なんて満足げに言う美希はカクテルが入ったグラスを回収した代わりに、オレンジジュースを澪の前に置いて料理を作り始めた。


 そうして、一人手持ち無沙汰になる澪。

(斗真くん……)

 ストローを口に咥えてオレンジジュースを飲む澪は、別のお客さんと笑顔を浮かべて接客をしている斗真の横顔を見つめてしまっていた。


(斗真くんが照れたりしたら……あんな風に顔を赤くするのかな……)

 なんて恋愛初心者らしい考えごとをしながらーー。

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