第32話 看護科の天使のお願いの理由……

 周辺から聞こえる鳥の鳴き声。軽快な日光が街を照らす早朝。

 斗真が登校中の出来事ーー

「あ、あいつが看護科の天使の彼氏らしいぞ……」

「はぁ!? いやいや、んなわけないだろ……。あの看護科の天使が、だぞ?」

「金曜日、あいつのこと迎えに来たって聞いてるんだ……」

「ま、マジかよっ!? マジなのかよっ!!」


(……)

 二人組の男の喋り声を出来るだけ耳に入れないように早歩きで大学へ向かう斗真。

 一緒に帰る約束をして金曜日から3日が経ちーー月曜日。

 もしかしたら……と予想していたことが完全に的中した瞬間であった。


 

 歩くペースを二倍にしたまま斗真は大学に着く。その校内の廊下を歩いている時にもーー

「わわわ、看護科の天使様のカレシさんだぁ……カレシさんだぁ!」

「え、あの人が? ってここの在学生なの!?」

「あたしはそう聞いてるけど、男斬りの異名を持つ澪さんをどうやって落としたんだろうねぇ……彼は」


(……)

 三人の女子グループの声量はコソコソなどではない。斗真に聞こえさせるような意図が滲んでいるような通常のボリュームである。


「た、多分アレだよっ! 壁ドンだよっ! 壁際に迫ってドーンって!!」

「それとも弱みを握られてカップルになったとか……?」

「それは流石にないでしょう……」


(…………)

 さらには後ろ指をさされ……逃げるようにして一時限の授業教室に足を踏み入れた。


「お、来たか斗真! よっ、超絶リア充! 羨ましいねぇ〜」

「……春までも……か」

 大学は授業時間割を自分で決めることが出来る。春と斗真は一緒に授業を受けるために同じ時間割で組んでいる。


 先に教室の椅子に腰掛けていた春は、からかいの声を上げながら隣席を引く。『斗真はここに座れ』と促しながらニヤニヤしている。


「はぁ……」

「朝から疲れてるようだが……どうしたんだ、斗真」

「分かってるのによく言うもんだよ……」

 その席に腰を下ろした斗真は、教室に入ってから今の今まで床を見続けている。正確に言えば教室内を見渡せないのだ。


 ーーこの教室に着座している春以外の全員の男子生徒が、殺気を込めながら斗真を睨みつけているのだから……。

 その中には、シャープペンシルを教材にブッ刺しているやつもいる。


「はははっ、バレてたか。看護科の天使に彼氏が出来たって噂が出た瞬間にこの騒ぎようだもんな!」

「他大学なのにどうすればこんな人気を得られるのか……疑問だらけだよ」


「看護科の天使を彼女にして〜最終的に奥さんに出来たのなら、宝くじ一等を当てたぐらいに勝ち組になれるからだろ。良い大学に通ってるってこともあって、将来は有名病院の看護師になるだろうし、容姿もずば抜けてるし」

「そ、それは否定しないけどさ。こんなに噂しなくても……」


 彼氏になる以前に関わらず……看護科の天使を隣を歩く。お喋りをする。

 これがどれだけ名誉なことなのか……憧れを持っているのか、斗真は知る由もない。

 看護科の天使、、という異名が付いている通り、たったそれだけでも嫉妬の対象になるのだ。


「まあこの状況を作った原因はお前だからな、斗真。お前が看護科の天使を正門に呼んで一緒に帰ったりしたんだから」

「そ、それはどうだけど、ここまでの噂になるなんて思わなかったよ……。俺が澪さんと釣り合うはずないんだし……」

「『澪さん』って名前呼びしてる時点で説得力に欠けてるけどな。って、いつの間に名前呼びしてたんだよ。付き合ってんの?」

「もし付き合ってたら春に言ってるよ……。相談にも乗ってくれてるし」

「ははっ、そりゃそうか。名前呼びの件はさらっと流しやがって」


 なんて言いながら軽めに肩をパンチしてくる春だが、特に気にした様子はない。斗真が言いたくないことを察しているようである。


「それよりもこの誤解をどう解けばいいのか……」

「斗真はバカだなぁ、解く必要は何もないだろ。このままにしとけばあの看護科の天使を狙う奴が減る。結果、告白するやつが減る。最高だろ」

「何言ってるんだよ。それだと佐々木さんに迷惑がかかるだろ? もし佐々木さんに好きな人がいて、その好きな人が勘違いでもしたりでもしたら……」


 考えこむように腕を組んでいる斗真だが、春はそれ以前のところに突っ込みを入れていた。


「斗真、『佐々木さん』って苗字に言い直すにしては遅すぎるぞ。もう名前呼びでしてくれた方がオレ的にも引っかかりはないんだよな」

「……わ、分かったよ」

「それで話を戻すんだが……迷惑だと思うんなら看護科の天使に直接聞いてみりゃいい。『今、こんな噂が流れてるですけど澪さんはどう思いますか?』ってな?」


 これは姉の七海から情報を得ているからこそのアドバイス。春はココで攻めの姿勢を見せた。これを聞くことによって、超鈍感な斗真とは言えどなにかしらの進展があるのは間違いないのだから……。


「……ちょっと待ってくれ。迷惑なのは目に見えてないか?」

「人が何を考えてるかは分かんねぇんだし、直接聞くのが一番だって。もしそれで『迷惑だ』って言われたなら誤解を解くために行動すればいいわけだろ?」

「そ、それはそう、だな……」

「ただ、『迷惑じゃない』なんて言われた時にはどう返事をするのか、ちゃんと考えとけよ。……その意味までな、、、、、、、

「意味?」


 この話をした時点で大体の者は察することが出来るだろう。

 ーー何故、迷惑ではないのかを……。


「看護科の天使は思ったことをズバッと言うらしいじゃねぇか。じゃあ迷惑じゃない理由がきっとあるはずだろ? ソレをしっかり考えろってこった。もし答えに行き着いたら……いや、なんでもねぇ」

「り、了解……?」


「あと、斗真はその鈍感を直す努力しろよ。女が本気マジになったときにゃ逃げ場はないって聞くしなぁ」

「な、何を言ってんだよ……」

「いやぁ、後に分かるだろうさ」


 そうして意味深に話を区切った春は、机上からスマホを取っていじり出した。

『もうこれ以上は何もいわない』なんて行動を見せる春を見て、斗真は授業の準備を始めるのであった。


 ****


『いきなりでごめんなさい。斗真くん、今日バイトよね? もし良かったらでいいんだけれど、私と一緒に行ってほしいの……』

 このメールと共に、両指を絡め合わせたレッサーパンダが『お願いっ!』としているスタンプが送られたのは、斗真が昼休みを迎えている時であった。

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