第22話 両者の羞恥とお買い物(1)

「んん……。どれにしようか迷うわ……」

「確かに、これだけの種類があると迷いますよね」

 現在、お買い物スイッチが完全オンの澪は、形の良いあごに手を当ててとある商品に視線を向けていた。


 その商品というのはカット野菜だ。コールスローや、緑黄色の野菜ミックス、大根ミックスなど、ここだけで片手じゃ数えられないくらいにある。

 最近のものは洗わずとも食べられるという便利な野菜だ。


「本当は生の野菜を買った方が栄養も高いのだけれど、この便利さにどうしても甘えちゃうのよね」

 そう言いながら視線は逸らしてはいない。真剣に選んでいるようである。


「澪さんは野菜、好きなんですか?」

「ええ。斗真くんはどうなの?」

「自分は好きこのんでは食べませんね……。お肉の方どうしても優先して食べてしまって」

そう返事をした矢先だった。

『ガサっ』

 率先して荷物役を請け負った斗真が持つカゴに、レタスミックスと、大根ミックスが入る。


 無事にカット野菜を選び終わったのだろう澪は、そこで不満そうに口を少しだけ尖らせた。


「もぅ……。とても男性らしいけど、野菜も食べないと健康に悪いわよ? 若いうちからバランスの良い食事を心がけないとダメなんだから」

「あはは……。お母さんにもよく言われますよ……」

「私が斗真くんのお母さんなら無理やりにでも食べさせてるんだから」


 ダメだと言うことを頭の中で理解している斗真だが、好きなものを前に出されたらどうしても苦手な野菜は後回しになってしまう。……いや、好物ばかりを食べて満腹になり野菜が入らなくなると言った方が正しいだろう。


「ちなみに、生野菜を中心としたサラダから最初に摂取することによって血糖の急激な上昇を抑えられるの。同じ栄養量の食事でも、食べる順序を変えるだけで食後血糖の上昇を緩やかに出来るって少し不思議なことだとは思わない?」

『摂取』という言葉を扱えている澪はしっかりと勉強が出来ているのだろう、少し得意げそうに、それでいて楽しそうに斗真に教えてくる。


「流石は未来の看護師さんといったところですね。その分野のことはさっぱりなので勉強になりますよ」

「ふふっ、褒め言葉として受けとっておくわ」

「……」

 と、ここで急に無言になる斗真。


「ど、どうかしたの……斗真くん?」

「あ、ああ……。澪さんはきっと素敵な奥さんになるだろうなって思って。未来の旦那さんが羨ましくあります」

「……っっ」

 無自覚。斗真にとっては思ったことを口に出しただけ……。だがしかし、澪にとって聴き逃せる言葉ではない。


「……そ、それ。そう言うの、誰にでも言ってるでしょ、斗真くん……」

 澪は顔を下に背けながらぼそぼそと言う。


「そ、そんなことはないですよ? ただ自分が素直にそう思っただけで」

「……と、斗真くんはそんなところ直した方がいいわ、絶対……。気があるっ勘違いするわよ……」

「勘違い……ですか?」

 意味が分からない、なんて言いたげに首を傾げて眉間にしわを寄せる斗真。だから、『素敵な奥さんになるだろうな』なんて台詞を吐けたのだろう……。


(これは危険。極めて危険だ……)

 澪は心の底からそう思った。

 もし、斗真がこの台詞を別の女性に言ったのならーー『気がある』と感じてしまうだろう。

 もし、そうなれば女性側は斗真を意識しだすかもしれない……。


「……斗真くん」

「はい?」

 敵は出来るだけ作らせない。事前にその可能性を潰してみせる……。

 澪はその覚悟を示すように小さな手に握りこぶしを作った。


「それこそ斗真くんは素敵な旦那さんになるでしょうね」

「ん!?」

 そして言った。斗真のように無自覚、、、を意識して、勇気を持って……。


「気遣いも出来て、優しくて、こうして私のわがままにも付き合ってくれて一緒の時間も作ってくれる。こんな人が良い旦那さんにならないはずがないもの」

「ち、ちょ……。み、澪さん……」

 斗真の落ち着きがなくなりつつある。もう一押しだとと澪は見た。


「私はそんな旦那が欲しいと思ってるわ。もちろんそんな旦那さんが欲しいのは私だけじゃないと思うけれどね、斗真くん?」

「も、もう分かりましたから……。さ、さっきはすみませんでした……」

「その『分かりました』は私が言ったことに対して、でしょうね?」

「そ、そうです……」

「それならもう他の女性には言っちゃダメよ? いいわね?」

「はい……」


 恥ずかしそうに返事をする斗真。ようやく『気がある』と思わせる発言をしてきたのか分かったようだ。


(よしっ!)

 斗真が理解してくれたのならこの上ない収穫だ。敵を作らせない予防策を晴れた喜びに澪はこっそりと腕を振る。それはもう嬉しそうに腕をグッってする。


「み、澪さん……。ありがとうございます」

「えっ……?」

 だが、斗真に分からせたと同時に澪は墓穴を掘っていた。それは次の発言で知ることになる。


「ーー自分のこと、そんな風に思っていただいて」

「ッ!!」

『気遣いも出来て、優しくて、こうして私のわがままにも付き合ってくれて一緒の時間も作ってくれる。こんな人が良い旦那さんにならないはずがないもの』

 ーー澪の本心。普段は言うはずのない素直な想いを伝えてしまっていたことに。


「斗真くんのバカ……。わ、私を……めて……」

「ちょ、そんなわけないじゃないですかっ!?」

「……」

「……」


「……わ、忘れなさいよね……。さ、さっきのこと……」

「ど、努力します……」


「……」

「……」

 身が焼けるような恥ずかしさが二人を襲う……。斗真と澪はお互いに顔を合わせられずにしばしの時を過ごすのであった……。


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