第14話 斗真の胸中と
辺り一帯が暗闇に染まり白電灯の明かりが良く目立っている。部屋よりも涼しい風が入ってくる。現在の時刻は21時。
(ふぅ……)
自室のベットに寝転がるようにしてくつろいでいた斗真は、春との会話を思い出していた。
『とりあえずその佐々木さんに彼氏がいなかったら連絡先くらい聞いてみろ! その人が彼女だった、正直嬉しいだろ? 斗真が美人っていうくらいだしな』
『そこは否定するつもりはないけど……』
『よーし、なら行け! ホント行けるから! 斗真の恋、応援してるぜ!』
冗談でもなんでもない、本気でそう言っていたハル。確かにその応援はありがたいことで……嬉しくないわけではない。ーーしかし、
「俺と澪さんが付き合うとか……想像も出来ないよな」
澪の美しい容姿と人柄の良さから、
大学に通っているということで課題が忙しい。大学には遊びに来ていない。なんて確固とした理由から彼氏を作らないのだろう……と、勝手な想像をするが、その想像こそしっくりくるものがある。
「って、今日は澪さんに気を遣わせたなぁ……。まさか、誰にも言ってなかったことを言うなんて……」
斗真の過去。一ヶ月ほどで二股をされ……もしかしたら彼氏がいた状態で自分に告白をしてきたのかもしれないあの時のこと。今でのそのトラウマから抜け出せていないこと……。
斗真自身、このことをダサいことだと思っている。心の中に潜めておくことが一番だということも……。
だが、今日はその意識を改めさせられた。
今日澪に話して良かったと心から思えたのだ。
『……私。どんな女にも負けないくらいに一途なの。……二股なんてしない。逆に二股なんて考えさせないくらいにお相手さんを私一色にさせる。私無しでは満足な生活が出来ないようにさせるわ』
澪ならこうするとのアドバイス。そしてーー
『だから……斗真くんはそんな一途な女の子を捕まえなさい? 斗真くんのことを一途に思ってる女の子は必ず居るもの』
自身が変わらなくとも、そんなお相手を捕まえればいいとの助言。澪らしい思考でもあり、間違っていることは何も言っていない。
「俺なんかにそんなお相手さんを捕まえられるのかは怪しいけど……気が楽になったな」
微笑を漏らしながらそんなことを口にする斗真だが、もしここに親友の春がいた場合、間違いなくこのツッコミが炸裂していたであろう。
「え、それお前に向けて言った言葉だろ」と。
実際にそれは正しい。澪が勇気を出して言った本心。だが、鈍感な斗真はそのことに気がつくはずもない……。
『てんてんてんてん♪』
そんな矢先、斗真のスマホにリズミカルな着信音が鳴る。
スマホを取れば『Bar美希さん』と液晶に表示があった。斗真は指をフリックさせ、すぐに電話に出る。
『お疲れ様です、美希さん』
『夜遅くにごめんね、斗真ちゃん』
『いえいえ、大丈夫ですよ。それで……どうかなさいました?』
なんて要件を伺う斗真だが、一年も働いていれば電話が掛かってきただけである程度の内容は分かる。
『今週の日曜日、なにか用事が入ってたりする……?』
『日曜日ですか……? 少しお時間を失礼します』
『うん』
仕事中の電話だということが分かっているため、斗真はアプリのスケジュール表を急いで開き用事を確認した。
『特にはないですね。シフトの追加でしょうか?』
『え、ええ。斗真ちゃんには申し訳ないけど、その日にバイト入れないかしら……と思って。森さんがその日に用事が出来たらしいの』
『そういうことでしたか。分かりました。日曜日ですね』
明るい声で返事をする斗真。
『本当に助かるわ。お仕事はいつも通り18時から0時までで大丈夫だから』
『えっ、その日は深夜もありますよね……? 深夜も入りますよ』
『深夜になればワタシの旦那も表に出てこれるから平気よ。それに、斗真ちゃんは大学があるんだから無理をしちゃだめ。と言っても、今回シフトの追加をさせちゃったから無理をさせてるんだけどね……』
『……いえいえ、テスト期間中でもないですので大丈夫です。では、その日の18時で』
『ありがとう、斗真ちゃん。お願いね」
「はい」
「……では失礼します』
『失礼します』
美希が電話を切ったことを確認した斗真はスマのスケジュール表にバイトの時間を打ち込み電源を落とす。そして、斗真は自室を抜け階段を降りてリビングに繋がる扉を開けた。
「母さん、少し先のことだけど日曜日にバイトが入ったから夕ご飯は用意しなくて大丈夫」
「えぇ、そうなの? ママの手料理を食べてほしいのになあ〜」
「でたー、にいのメシコット」
リビングに設置してあるソファーに腰を下ろし、くつろぎながらテレビを見ている母親の久美と妹の梅。
久美は残念そうに眉根を下げ、梅はからかうように言ってくる。
「ボイコットみたいに言わなくていいって……。ごめんね、母さん」
「んー分かった。その代わりに土曜日までは夕ご飯をいっぱい食べてね?」
「分かった」
「梅もお料理手伝うんだから、ちゃんと食べてよね」
「梅は俺の3分の1を食えるようになってから言ってくれ。そんな少食だからいつまで経ってもーー」
あえて言葉を区切る斗真。そこからは梅の体を流し見て『はぁぁー』と、大きなため息を吐いた。失礼な行為であることは承知の上だか、これが妹との日常でもある。
「ねぇママ、今の酷いよねっ!? いくらなんでも酷いしっ!! 今、梅の体を見てため息吐いたよ!?」
「うめちゃんがいっぱい夕ご飯を食べれば何も言われないと思うなー?」
久美は料理好きであり、斗真と梅が美味しそうに食べている光景を見ることが生きがいらしい。
そのため、この話題になれば絶対に斗真の味方をしてくれる。大黒柱の久美がこちら側についたらもう梅に勝ち目はない。
「いっぱい食べてるもん! お腹もいっぱいになるし!!」
「まだ食べましょう」
「まだ食えるだろ」
梅の反論が久美と斗真により二倍で返ってくる。これが1対2の構図の強さ。斗真がやることは久美の言葉に便乗すること。ただこれだけでいい。
「ママの料理は美味しいけど、満腹だからもう食べれないんだしっ!!」
「じゃあ、もっと食べられるように満々腹になるまで食べようねー?」
「そのちっこい胃を膨らませないとな」
付け入る隙がないと悟ったのか、悔しそうに唇を噛んでいる少食の梅。ダイエットをしているわけでもなくただ本当に満腹になってしまうのだから、その表情になるのも頷ける。
「こ、こんな板挟み状態……。もう、にいのせいだよっ! ばか!」
「こーら、そんなに汚い言葉を言わないのー」
「そうだぞ、梅」
「ぐぬぬ。ぐぬぬぬぬ……」
これぞ四面楚歌。三人家族の斗真たちは、一番の権力者である久美を味方につけることによって優位な立場を取ることが出来るのだった。
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