第15話 突き止めた七海にからかわれる澪

(斗真くん……)

 翌日、麗常看護大学に登校した澪は自席に付きながらスマホをいじっていた……というよりも絶景に目を奪われるが如くスマホを眺めていた。


『昨日はありがとうございました、澪さん。自分の相談にも乗っていただけて』

『ううん、気にしないで。私の方こそありがとう。家の近くまで送ってくれて』

『いえ、当然のことです』

『またなにかあればお願いしていいかしら?』

『はい。いつでも連絡を待ってます。それでは、おやすみなさい澪さん』

『おやすみなさい、斗真くん』


 他人行儀、業務連絡のメールに近く、たった数回のメールしか交わしていないが、澪にとってはずっと見ていられるほどに嬉しいもの。

 連絡先の交換が出来たこと。一緒に帰ることで少しだけ距離が縮まった。それだけでなく斗真に彼女がいないということも知れた。これ以上のない収穫である。


「ふふっ……」

 澪は無意識に表情を崩していた。それも幸せそうに……。その様子を偶然にクラスメイトは捉えていた。


「ね、ねえ……。今の澪さんを見て」

「うわっ、本当だ。なんか幸せそう……」

「なにか嬉しいことがあったんだね」

「一体なにがあったのか気になる」

「あっ、七海ちゃんおはよー」

「おはようさ〜ん!」

 澪はスマホに夢中になって気づかなかった。この時、澪を唯一からかえる七海がタイミング良く? 登校してきたことに。


 七海はずかずかと迷うことなく接近しーー

「みーおちゃん!」

「っっ!?」

『ドン!』と机上を叩き、無理やり意識を向けさせる。七海のその顔はもうニヤッニヤとしている。『なにかあったの?』と、ツッコミを入れられてもおかしくないほどだ。


「い、いきなりなによ……七海。びっくりしたじゃない……」

「あはは、ちょっとテンションが上がってまして」

 後頭部に手を当てながら隣席に腰を下ろす。そして……始まる。七海の口撃が……。


「おっととと〜、うまが埋まっちゃった!」

「……」

 登校してそうそう突然のダジャレ。この時は澪はまだなにも違和感を覚えたりはしなかった。


「うわぁあああっうま、、から落馬!」

「…………」

「おっ、これは豆板醤とうま・ンジャン!」

「……………………」

 澪はここで悪寒を感じた。決して体調不良などではない。


「みおちゃーん! 澪チャーン! チャーハンに豆板醤とうま・ンジャンは合うと思わないー?」

「そ、それを言うなら豆板醤トウバンジャンよ……」

「え? 斗真、、・ジャン!?」

「豆板……醤……」

 もう確信的である。……完全にそう察知した澪の声量はしぼむように縮んでいった。


「Rookオンなのは斗真んジャ〜ン!」

 そして……有名子役が出演する某書店のCMを真似ながら『グサッ』と、トドメを刺す七海。

 これだけしつこくされれば誰にだって分かる。……七海があの人、、、の存在を知り得ていることに……。

 知り得たからこそ、あのニヤッニヤした笑みを浮かべていたことに……。


「な、なんで知ってるのよ……七海。と、斗真くんのこと……。お、教えなさい……!」

「いやー、偶然にもウチの弟が斗真君の友達でねぇ。少しだけ話を聞くことが出来ちゃったんだー」

「な、なによそれ……。そ、そんな偶然……」

「でも、詳しいことはなにも聞けてないよ? ウチが聞いたのはみおちゃんが斗真君に擬似告白をさせたったことくらい」

「じ、十分じゃないっ!!」

 この事実は澪にとって一番知られたくなかったこと。特に七海には……。

 澪は一瞬で首元まで真っ赤にしてしまう。


「あはは、確かにそうかも。でも、このことは誰にも言ってないから安心してね?」

「も、もし言ってたら……七海の口を捻り千切らなきゃ……」

「おぉお……。そ、その攻撃はヤバすぎるね……。看護科の天使が悪魔になった……。怖い怖い」

「七海……。お願いだからこのことは誰にも言わないでね……」

 強気になったのはさっきまで。七海に横顔を向けている澪は弱々しく願望を伝えた。

 長髪で顔を隠しているのだろうが、形の良い耳は晒されている。その白い耳は熟れたスイカのような色合いになっていた。


「分かってるって。ここで誰かにバラしたら恋愛どころじゃなくなるもん。この看護大の有名人、『看護科の天使』の異名を持つみおちゃんに好きな人がいるーって話題が出たら瞬間ね」

 澪に彼氏がいないのは周知の事実。だが、なぜ彼氏を作らないのかーーそれは好きな人がいるからだとの理由を知っているのは七海だけ。


「安心していいよ、みおちゃん。ウチはみおちゃんに協力したい立場だし! するつもりだし!」

「あ、ありがとう……」

「……と言ってもぉ。ここで一つ問題があってね? ウチが斗真君と会わないといろいろなキッカケを作れないんだー」

 ここで眉をピクピクと上げながら意味ありげの視線を送ってくる七海。その意図を読み取れないほどの澪ではない。


「な、七海の気持ちも分からないことはないけれど……、七海には斗真くんを会わせたくない……」

「はえっ!? ど、どうして!?」

「だ、だって……七海が斗真くんのことを好きになったら困るもの……」

 形の良い小さな口を少しだけ尖らせながら、本当に心配しているように声を震わせる澪。普段から堂々としている澪だが、心配性のレベルは随一……。なんとも意外性がある。


「いやいや、好きになるとか言われてもウチには彼氏いるよっ!?」

 予想外の返答を受け、七海はシドロモドロになって反論する。

「か、彼氏がいても七海が斗真くんを好きにならないとは限らないじゃない……。そ、そうでしょ……?」

「えっと……みおちゃん流石に心配しすぎじゃないかな? 自分で言うのもなんだけど、ウチはそこまで軽い女じゃない!」

「で、でも……そ、それくらいに斗真くんはカッコいいのだから……」

 澪の顔はもう乙女一色だ。不安からくる心配。心配からくる不安。その両方がのし掛かった結果、こうなっているわけである。


「ま、まぁ確かに……。格好良いソコを否定するつもりはないんだけど……それでもウチを信用してほしいなー、なんてね?」

「…………っ!!」

 今の言葉で澪は目を皿のように丸くする。七海の発言の中にどうしても聞き逃せないワードがあったのだ……。


「な、なんで七海は斗真くんがカッコいいことを知っているの……?」

「だって斗真君の写真、ウチ持ってるから」

「う、嘘……。嘘よね?」

「いや、本当だって。ーーほら!」

 ポケットからスマホを取り出した七海は、電源をつけてアルバムの画面まで操作する。そしてーー澪に見せた。

 

 その液晶に写っていたのは、春と斗真がかき氷を持ってにっこりと微笑んでいる写真。……その背景には『文化祭』と書かれた看板が目立っていた。


「なっ、何で……。何で七海が持っているの……。私は斗真くんの写真を一枚も持っていないのに……」

「言ったでしょ? 弟が斗真君の友達だって。これは少し前の写真になるけど春に送ってもらったんだー」

 口角を上げ、『いいでしょー!』なんて優越感に浸っている七海を澪は恨めしそうに見つめていた……。

 ぐぬぬぬぬ……と心の中で唸っているのは間違いない。


「欲しいかい? みおちゃん。こ の お 写 真 を !」

『……こくっ』

 少し間を置き、無言のまま素直に頷く澪。


「ふっふっふ。でもタダじゃあげられないんだなぁ。こう言われることが分かってたから少し時間を空けたんだろうけどね?」

「す、ずるいわよ七海……。ほ、欲しいに決まってるじゃない。そ、その……写真……」

 綺麗な猫目を細めている澪だが、その視線はずっとスマホに向いている。穴があくほどに見つめている。


「擬似告白をさせるために、斗真君と成績勝負をした人が言えるセリフかなぁ? ずるい、、、だなんて!」

「うぅ……。わ、分かったわよ。……なにが目的なのよ、七海は……」

「その言葉を待っていました! ウチからの約束事は二つッ! まずはこの写真をSNSに上げないこと。そして斗真君を必ず落とすこと! です!!」

「えっ……」


 ネット上で本人に許可なく画像や動画を載せてしまった場合、肖像権の侵害が問題になってくる。

 肖像権の侵害とは、「みだりに自己の容貌等を撮影され、これを公表されない権利」のこと。


 また、フォトハラスメント。略称、フォトハラの問題もあり、これは「無断で、他者をスマホで盗撮する行為。または盗撮した写真を相手の許可を得ずにSNSに投稿し、相手に苦痛的な疲労を与えること」である。

 が、これは常識的な注意勧告であり、七海の本命はコッチじゃない。『斗真を落とさせる』と約束させることだ。


「SNSに上げないことは約束出来るけれど、斗真くんを落とすなんてそんな約束は……」

「もー! 看護科の天使がなにを言ってんのっ! 約束しちゃえばこの写真をあげちゃうんだよ!」

「ほ、欲しいわよ……。欲しいけれど……。確信もないことを約束するわけにはーー」

「ーーよーし、約束完了!」

「だ、だからっ……!」

 澪が粘ろうとした時にはもう遅い。


『ぽきぽき』

 澪のスマホが軽く振動し、通知音が響く。上画面を見れば『七海から写真が届きました』との表示があった。


「それじゃあ頑張るんだよ、みおちゃん。ウチは飲み物買ってくるー」

「あっ……」

 なんてセリフを吐いた七海は逃げるようにして教室を去っていった。


(……)

 澪は周りをキョロキョロし、誰にも見られていないことを確認して通知で届いた写真を開く。

「っっ……!!」

 この瞬間、澪は抑えきれなかった声が小さく漏れた。

 その送られた写真には、七海の弟である春はいなかった。正確に言えばトリミング(画面の不要な部分を除いて構図を整えること)されており、斗真しか写ってなかったのだ。


(な、七海ったら……。もう……)

 斗真と春のツーショット写真を見せて以降、七海はスマホをいじる素ぶりはなかった。つまり、予めトリミングしており最初からこの写真を送るつもりだったのだ。


「お礼なんて……言わないんだから……」

『斗真を落とす』という約束をする前に送られたこの写真……。だからこそ澪はぼそぼそと文句を言う。しかし、行動はとても素直だ。

 白く細い指を『保存』のボタンに移動させ、ゆっくりと押す澪であった……。

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