第16話 王子様激落とし作戦!!

「えっ、みおちゃん今日も居残り勉強するの? なんで?」

「な、なんでって言われても、この日はいつも居残りよ、私……」

 いつもと変わらない放課後。クラスメイト達が足早に教室を去っていく中、机上に教材を開く澪に、七海は疑問の声をかけていた。


「いやいや、そう言うことを聞きたいんじゃなくてね!? 居残りはせずに王子様、、、と一緒に帰ればいいじゃんっ! なんのために連絡先を交換したんだい!?」

 七海は澪から一通りのことを教えてもらっていた。……昨日。大学帰りに斗真と出会い、一緒に帰ったことを含めての出来事を。


「お、王子様だなんて言わないでよ……。二人っきりとはいえ誰かに聞かれたら困るわ……」

 チラチラと周りを確認しながら薄く赤面する澪は、立っている七海に上目遣いで注意する。

 羞恥に襲われている時だけ、こんなにも弱々しい姿を見せるという事実は最近になって七海が分かったことであり……恋する乙女と呼ぶにピッタリの反応だ。


「あはは、ごめんごめん。こんな話になるとつい気分が舞い上がっちゃって」

「もぅ、七海ったら……。他人事だと思って……」

「他人事だとは思ってないよ? みおちゃんはうちの親友だもん! それでー、斗真君とは帰らないの?」

「で、出来ないわよ……。い、いきなり……そんな……」

 澪は昨日、斗真と一緒に帰れている。が、それは“偶然に出会う”キッカケがあったから。

 自分から『一緒に帰ろう?』との約束をするのとじゃ状況は全く違う。

 今まで異性にアタックをかけたことがない澪からすれば、このお誘いは人生で一番の勇気がいることと言っても過言ではない。


「ふぅん、一緒に帰らない。じゃなくて『出来ない』……か。つまりは一緒に帰りたいんだねぇ?」

「あ、当たり前じゃない……。七海が彼氏さんと一緒に帰ってるの……正直

 羨ましいのだから……」

「あはは……そう言われるとなんかむず痒いね。まぁ、うちに彼氏がいなかった時はみおちゃんと同じ感想を持ってたけど」

 なんて頰を掻きながら笑みを作る七海だったが……今の会話中でからかえるワードはたくさん出てきた。これを見逃さない七海ではない。


「斗真君のことめっちゃ好きなんだなーってのは伝わってきたよ、みおちゃん。ごちそうさまです」

「だ、だからそれは言わないでよ……」

 教材を両手で持ち、盾のようにして顔を隠す澪はぼそぼそとした声を出している。


「もー、照れちゃって照れちゃって可愛いんだからー! うりうりー!!」

『気分が舞い上がっちゃって』なんて言っていた七海のテンションは絶賛超弩級だ。亀のように丸くなっている澪を見てチャンスだと言わんばかりにちょっかいを出している。

 こうしてやられっぱなしの澪だが反撃する様子は全くない。それほどまでに羞恥心に駆られていたのだ。


「みおちゃん。そんなに好きなら早く手綱を握っとかなきゃダメだよ? 好きな人ってのはいつ誰に取られるか分からないんだから」

「わ、分かってる……けど」

 行動しなければ何も変わらない。進展があるわけもなく、むしろマイナスになってしまうことも理解している。が、どうしても第一歩が踏み出せないのだ。


「も、もし、七海が私の立場だったら……どう行動する……の?」

 澪は聞く。教材で顔を隠したまま。

「うちだったら積極的にLAINをするか、一緒に帰る機会を作るかのどっちかだなー。Barに通ってるだけじゃ、一人のお客さんとして見られても不思議じゃないからねえ。うちだったら一人のお客さんとしか見ないもん」

「……」

 この話題ーー不安要素を突きつけられたのならもう勉強どころではない。七海からのアドバイスが第一の優先順位になる。


「一人のオンナ、、、として意識してもらうには勇気を振り絞って自分から接点を作りに行かなきゃだーめ。斗真君をどこぞの馬の骨ともしらない女に取られたら一生後悔するぞー?」

「そ、そうよね……。後悔しないわけがないわよね……」

「斗真君の性格は知らないけど……うちの弟がかなりお世話になってるらしいし、みおちゃんがぞっこんしてるくらいだから超良いんだろうね」


 七海の弟である春の面倒を見てくれている。そして澪が大好きになっている相手。

『面倒見が良くて頼りになる人物』

 これが七海が導いた斗真の人格であり……その答えは正解だ。


「なんかますます気になってきたなぁ。会いたいなー、斗真君に」

「……今の発言、七海の彼氏に訴えるわ」

 ここで冷淡なツッコミが澪から飛ぶ。冷ややかな目を七海に向けながら。


「え゛!? ちょっと待ってよ! 別にうちは下心があって会いたいとか気になるとか言ってるわけじゃないよ!? ただ普通に気になってるだけだって……!」

「信じられないわ」

「ちょ、そこは信用してよ!」

 彼氏がいる七海、今の発言は誰がどう判定しても赤旗があげられる。

 もし、七海の彼氏が今の言葉を耳に入れていたのなら間違いなく追求の手が及んでいただろう。

 冗談だったとしても、険悪の仲になってしまう可能性もある。……もしそうなった場合、七海に全ての非があるだろう。


「ほ、本当に斗真くんのこと狙ってたりしない? 七海は」

「ホントだって! そんなに心配になるなら、みおちゃんは何かの行動を起こすべきだよ! みおちゃんが本気で落とそうとしたら斗真君はすぐだと思うけどなー」

「……そ、それなら嬉しい……けれど……」

 看護科の天使という異名がある澪。その異名は美しい容姿から取られている。

 そんな相手からアタックをかけられたなら、どんな男だって心を動かせるはずだ! と、これが七海の主観だった。


「じゃあ、とりあえず……うちの彼氏から連絡くるまで一緒に考えよ! 名付けて、王子様激落とし作戦ッ!」

「あ、ありがとう……」

 決してネーミングセンスが良いとは思えないが、恋愛経験がある七海から直接助言してもらえるのは大きい。澪にとって物凄くタメになることである。


「まずはどんなキッカケをーー」

「す、少し待って……七海」

「ん?」

 澪は、そんな声をかけた後に机上の端に置いてある教材をゴソゴソしだす。

 そして……一枚一枚、自由に綴じたり取り外しが出来るノート。ルーズリーフを取り出し、シャープペンシルを握った。


「え、メモ取るの!?」

「お、おかしいかしら……」

「おかしくはないけど……真面目だなって」

 澪も澪で斗真に引けを取らないほど真面目な性格なのである。


 夕日が教室の中に差し込む刻。

 七海の彼氏から連絡が来るまでの間、『王子様激落とし作戦』を進める二人であった。



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