第29話 七海と斗真(1)

 斗真が息の切れた女性を避難させた数十秒後のことだった。

『カランカラン』

 来店を知らすドアベルが鳴り、高身長で金髪の男が店内に顔を出してきた。


「いらっしゃいませ」

「なあ、一つ気になることがあるんだがここに一人の女が来なかったか?」

「女性ですか?」

「……っ!」


 この声を聞いた途端、カウンターに隠れている女性に反応が出る。恐怖を少しでも和らげるためか、斗真のズボンの裾を握ってきたのだ。

 この男性こそ、今ここに隠れている女性を追っている相手だと斗馬はすぐに把握する。


来ておりません、、、、、、、が、どうなされましたか。何やら息を切らしているようですが」

「い、いや来てねぇならいいんだ。……邪魔したな」

『カランカラン』

 無表情を貫きながら嘘を吐く斗真に、金髪の男は簡単に引いていった。

 店の扉を閉めたということで再びドアベルが鳴る。


「ふぅ……。あ、ありがとね」

 もう立ち去ったーーなんて思ったのだろうこの女性はカウンターから立ち上がろうとした瞬間だった。

「ーーまだです」

 斗真はその女性の頭に手を当て、『動くな』と最短で伝える。その寸時、

『カランカラン』

 しつこいようにドアベルが鳴る。店の玄関扉に姿を見せたのは先ほどの男だった。


「なにかご用でしょうか?」

「チッ、なんもねぇ」

 本当はこの店に女性がいるのだろうとの思惑でフェイントを仕掛けてきた金髪の男は、苛立ちを隠すことなく再び店を去って行った。

 もし、斗真がドアの隙間から見えた影に気づかなかったのなら、今、最悪の状況に陥っていたことだろう。


「……」

「……」

 ーーしばしの静寂。


「行きましたね。これでもう安心ですよ」

「あ、ありがと……」

「どうしたしまして」

 カウンターにしゃがんでいる女性は上目遣いで、カウンターに立っている斗真は首を下に向けながら少しの会話する。


「そ、それでだけど……さ。あ、頭に置いてる手、どかしてくれないと立てないなぁって……」

「っ、申し訳ございません」

 女性を守るためにした咄嗟の行動。指摘を受けてようやく自身が何をしたのかが鮮明になった。


「い、いや、嫌でもなかったから大丈夫大丈夫。それよりも本当に助かったよ。まさかフェイントをかけてくるとは思わなかったし……」

「それは自分もです」

 コホンと小さく咳払いをした斗真は、カウンターからその女性を抜けさせる。


「あの……一つ伺いたいのですが、ただいまお時間はありますか?」

「あ、あるけど……どうして?」

「まだこの付近にあの方がおられるでしょうから、ここで少し時間を潰されてみては……と思いまして」

「う、うん……。それは有難い申し出なんだけど、うち財布を家に置いてきてるからさ、ここにいるわけにはいかないんだよね。あはは……」


 頰を掻きながら申し訳なさそうに、目尻を下げるこの女性。

 まだこの付近に先ほどの男がいるのは間違いないと分かりながらも、店の迷惑になることを第一に考えてこのような声を上げている。なかなかに出来る行動ではない。


「飲み物はオレンジジュースか、アップルジュース、どちらがよろしいでしょうか」

「え、だからうちは……」

 そう。だからこそ見放すという選択肢は斗真にはなかった。勝手な判断をした結果、マスターの美希に怒られることだろう。……と、その覚悟を持ってでも。


「どちらがよろしいでしょうか。オレンジジュースですか?」

「……はぁ。キミ、優しい顔をしてる割に結構強引なんだね」

「恐れ入ります」

「じゃあ、オレンジジュースをもらおうかな。……何から何までありがとね、ホント」

「いえ、少々お待ちください」

 カウンター席に女性を座らせた斗真は、壁下にある棚からオレンジジュースを取り出した後に一旦裏に下がった。


 この店、【Shineシャイン】のマスターである美希への報告をしなければならなかったのだ。


 ****


 文字数が多くなってしまったので、キリの良いところで二話に分けて投稿させていただきます><


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る